第15章 忍び寄る影
「なら、俺とこいよ」
荼毘の声が、まだ耳に残っていた。
言葉の奥に灯る炎は、
笑っているのに、どこまでも本気で。
その指が、過去の傷に触れるように、
わたしへと伸びてくる──その時だった。
「……いい加減にしろ」
低く、抑え込んだ声が、
倉庫の奥から響いた。
乾いたコンクリートの空気が、ひときわ冷たくなる。
「──そいつは、“うちのもん”だ」
治崎だった。
わたしの“少し後ろ”、数歩離れた位置から、
その声だけで荼毘の炎を封じるように、告げた。
「勘違いするな。“個性”だ」
「俺が使うためにここにいる。それ以上でも以下でもない」
その言葉は、無感情にさえ聞こえるほど冷たかった。
けれどその奥にあるのは──
“他人に奪われること”を、断固として拒む強さ。
荼毘の口元が、くいと笑みに歪んだ。
「……へぇ?」
「言ってくれるじゃねぇか、オーバーホールさんよ」
一歩、ゆっくりと前へ出る。
その熱が、空間をほんのわずか揺らす。
「そいつ、“個性”だけでそこにいると思ってんのか?」
「じゃあ、あんた──本当に見えてねぇんだな」
その言葉は、ただの煽りじゃなかった。
まるで、“気づいてしまった者”が放つ真実のように──静かに、鋭かった。
治崎の指先が、かすかに痙攣したように動く。
クロノが、空気の変化を感じ取ったように一歩前へ出る。
けれど、わたしは動かない。
手は下ろしたまま、目を伏せず、ただ前を見ていた。
どちらのものでもない。
けれど、誰のためでもない。
わたしは──ここに立っていた。
「壊すためでも、使われるためでもない」
「“守るために、ここにいる”って顔だよな」
荼毘がそう言ったとき、
その声は──なぜか、ほんの少しだけ優しかった。
だけど、すぐに笑いが戻る。
「つまんねぇな。そういうのが、一番燃えるのによ」
その言葉を最後に、炎は沈黙した。
荼毘はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、“いつでも焼ける”距離に、静かに立ち尽くしていた。