第15章 忍び寄る影
荼毘の視線が、じわじわと近づいてくる。
軽く笑いながら。
何も持たずに。
けれど、すべてを見透かすような目で──
「なあ」
沈むような声が、足元から這い上がってくる。
「ここにいるってことはさ……」
「──“あいつ”は、もう捨てたってことか?」
その一言に、空気が微かに軋んだ。
声を荒げるわけでも、責めるわけでもなく、
ただ当然のように、真っ直ぐにそう言った。
“あいつ”が誰かなんて、わかりきっている。
わたしは、何も答えなかった。
けれど、答えなかったことが──きっと、荼毘にはすべてだった。
「……マジでさ、どうしようもねぇな」
くつくつと喉を鳴らして笑う。
まるで、懐かしいおもちゃを拾った子供のように。
その声の奥で、少しだけ何かが焼ける匂いがした。
「なら、俺とこいよ」
ふざけたような口調。
だけど、目だけは笑っていなかった。
「もう一回壊してやる。
次は、ちゃんと最後まで。──今度は手、抜かねぇからさ」
その言葉に、足がすくむことはなかった。
怖くなんてなかった。
ただ、胸の奥で何かが……ざわりと音を立てた。
「その顔。たまんねぇな」
にやりと笑った荼毘の顔は、どこかうれしそうだった。
怒りもない、欲望もない。
ただ──“壊れたものがもう一度立ち上がる姿”に、惹かれていた。
それが荼毘だった。
すべてを壊すことでしか、
世界と関われなかった人間。
その人間が、今、わたしを誘っていた。
焔のように。
炎の皮を被ったまま、手を伸ばしてきていた。
……わたしは、まだ答えなかった。
たぶん、答えられなかった。
それでも、炎に呑まれることだけは──もう、ない。
息を吸って、吐いた。
沈黙が、わたしの意志の代わりになった。
荼毘はそれを見て、ただ、また笑った。
笑いながら、
遠ざかるわけでもなく、炎を灯すわけでもなく、
その場に留まりつづけていた。
どこか、
“返事”を──待っているような顔で。