第15章 忍び寄る影
空気は、静かに凍っていた。
崩壊も、支配も、火も──今は、動かない。
場の中心では、誰も言葉を持たなかった。
怒りも疑念もあるはずなのに、それすら宙に浮いたまま。
あの瞬間、わたしが“願った”ことで、
この場所の流れが、少しだけ狂ったのだと思う。
わたしはもう、治崎の前にはいない。
傷を負ったMr.コンプレスの前で手を下ろし、
ただ静かに、すべてを見ていた。
「──なんだよこれ」
その声が聞こえたのは、そのときだった。
まるで笑ってるみたいな口調で、
だけどどこか冷たくて、ぞっとするような声。
「お前、変わったなぁ……」
倉庫の隅。
いつからそこにいたのかもわからない場所に、
荼毘が立っていた。
ぼんやりとした灯の中、
炎のにおいと焦げた皮膚の香りを纏って、
ふてぶてしくこちらを見ていた。
「ほんの少し前まで、泣きながら這いつくばってたくせに」
「俺に、壊されかけてたじゃねぇか。全身でさ」
焼け焦げる記憶が、皮膚の奥に疼いた。
けれど、わたしは何も言わなかった。
「今のお前は……ちげぇんだな」
低く笑うような声に、
怒りはなかった。
ただ、それは──ひたすらに“面白がっていた”。
「なあ……どうしてんの? 今のお前」
「この場で一番ヤベェ奴ら止めて、
敵か味方かもわかんねぇまま、黙って立ってる」
「やってること、昔の“ヒーローごっこ”よりずっとイカれてんぞ」
その言葉には、皮肉も、賞賛も、蔑みも混ざっている。
だけどきっと──本気で興味を持ってる。
わたしという存在に、
変わってしまった“わたし”に。
「やっぱいいな、お前。壊す価値、ある」
空気が揺らぐ。
熱じゃない。
呼吸の間に差し込まれた、真綿のような狂気。
荼毘の瞳が、わたしの奥を覗いていた。
……だけど、わたしは振り返らない。
もう、彼に怯えたりしない。
焼かれる記憶に、縛られたりしない。
願いを抱いて、
今ここに立つ“自分”を、信じていた。
それでも、背後から落ちる声は止まらなかった。
「さあ、“ウィルフォース”。──これから、どうすんの?」
あの男は、嗤いながら呼んだ。
この名を、あえて。
すべてを茶化すように、けれど、どこかで──楽しそうに。
わたしの背に、またひとつ、火が灯る音がした。