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【ヒロアカ】re:Hero

第5章 交わる唇、揺れる想い


雨はまだ、止みそうにない。
窓の外、街灯の明かりがぼんやりと滲んで、まるで夜そのものが泣いているようだった。

ソファの上。
私と轟くんの間には、ほんの少しの距離。
触れ合わない指先と、すれ違わない呼吸。
その“間”が、どうしようもなく心地よかった。

私はそっと、手の中のカップを傾けながら口を開いた。

『……ねえ、轟くん。ご両親には、連絡入れなくて大丈夫?』

問いかけた瞬間、彼の指がぴたりと止まったのがわかった。

「……母さんは、今、病院にいる」

淡々としたその声に、ふっと胸が揺れた。
平気なふりをしてるのに、少しだけ遠くを見てるその横顔。

『……そっか』

たったそれだけしか言えなかった。
だけど、きっとそれ以上は、聞いちゃいけない気がした。

沈黙が落ちる。
だけど、それは重苦しいものじゃなかった。
あたたかな紅茶の香りと、雨音だけが静かに流れていく。

「……不思議だよな」

唐突にこぼれたその言葉に、私はゆっくりと彼の方を見る。

「なんでか、星野には話せる気がするんだ。……こんなふうに、自然に」

『……うん』

「別に、深い意味があるわけじゃない。……でも、お前といると……安心する」

彼の声は、どこかくぐもっていた。
誰にも言えないものを胸に抱えて、それでも壊さずに保ってきた――そんな人の声だった。

私はそっと、微笑んだ。

『……それ、きっと私も同じだからだと思う』

『私もね、痛かったから。いろんなものが、ずっと。』

『……だから、わかるよ。痛みを知ってる人って、言葉より先に、感じ合えることあると思うの』

『無理に話さなくても、なんとなくそばにいたくなる。……理由なんて、いらないくらいに』

轟くんは、少しだけ驚いたような顔をしていた。

でもすぐに、やわらかく目を細めて、静かに微笑んだ。

「……そうかもな」

その笑顔は、ごくささやかなものだったけれど、
確かに胸の奥に、ぽっとあたたかな光を灯した気がした。

――たとえば、同じ傷を持つふたりだからこそ寄り添える夜があるのなら。

この夜の静けさは、きっとそのためにあるのかもしれない。

紅茶の残り香と、雨音に包まれた部屋の中。
ふたりの距離は、触れないまま、でも確かに近づいていた。
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