第15章 忍び寄る影
壊理ちゃんの部屋の扉をそっと開けると、
彼女は昨日と同じように、小さく膝を抱えて座っていた。
でも、私の姿に気づくと、少しだけ顔を上げる。
ほんの、少しだけ。
『……こんにちは。』
声をかけると、彼女はまばたきをして、小さく頷いた。
昨日より、ほんの一歩だけ早い反応。
私はゆっくり床に座る。
間に空いた距離は、壊れもの同士が傷つけ合わないための、
小さな緩衝帯。
『……今日から、正式に。』
続きは言わなくても、壊理ちゃんはわかってくれている気がした。
あの目が、そっと私の顔を見ていたから。
「……じゃあ、ずっと、いるの?」
『……うん。できるだけ、いるつもり。』
彼女は小さく瞬いてから、またうつむいた。
それでも、昨日よりも深く沈み込んでいない。
「……それって、命令?」
『……ちがうよ。』
私はそっと、指先を伸ばした。
でも触れない。
壊理ちゃんが自分から、心を差し出してくれるまで、私は待つ。
『私は、壊理ちゃんに会いたいから、来るんだよ。』
彼女の肩が、ほんの少しだけ揺れた。
沈黙が流れる。
でも、その沈黙は怖くなかった。
昨日のそれとは、ちょっとだけ違ってた。
「……名前、教えて。」
不意に、彼女が言った。
ぽつんと落とされたその言葉に、胸が熱くなる。
『……想花っていうの。壊理ちゃん。』
彼女はもう一度、私の顔を見た。
まるで、どこかに記憶を刻みこむみたいに。
「……想花おねえちゃん、って呼んでもいい?」
『……もちろんだよ。』
声が少しだけ震えた。
壊理ちゃんが、そっと笑った気がした。
この小さな笑顔だけで、
私はこの場所に来た意味を、何度でも信じられる。
どんなに偽っていても、
“想い”だけは、きっと誰かの中に届くから。