第15章 忍び寄る影
沈黙が落ちたままの空間で、私と治崎廻は向かい合っていた。
倒れた男たちの呼吸が静かに揃っている以外、部屋の中はまるで時間が止まったようだった。
彼は動かない。
ただじっと、私を見ている。
その視線には、もう最初にあった“値踏み”の色はない。
代わりにあるのは――
言葉にならない、圧のような“好奇”。
しばらくして、彼の口元がゆっくりと動いた。
「……面白いな。」
低く、吐き捨てるような声。
でもその響きの奥には、明確な温度があった。
「公安の手先だろうが、どこに仕込まれた駒だろうが……構わねぇ。」
彼の瞳がわずかに細まる。
「“従わせる必要”がないのなら、そっちの方が都合がいい。」
――従わせる、じゃなくて、置く。
私はまだ一言も返さない。
ただじっと、その言葉を受け止めていた。
治崎は立ち上がり、コートの裾が静かに揺れる。
そして、振り返りもせずに言った。
「クロノの隣の部屋、空けとけ。」
後ろの部下に命じるその声は、まるで“配置を決める”だけのような冷静さで。
「今日からお前は、俺の傍で動け。」
私は瞬きを一つだけ落とす。
鼓動がひとつ、深く跳ねた。
それは、命令でも服従でもない。
ただ――彼が、選んだというだけのこと。
「その目の奥に、まだ何か隠してるだろ。“壊す”前に、見てみたくなった。」
彼の背中がゆっくりと遠ざかっていく。
私はその場に立ったまま、何も言わずにその背を見送った。
鎖骨の奥、装置の重みは変わらない。
でも、あの男の言葉が確かに空気を変えた。
これが“懐に入る”ということなら、
私の願いは、まだここで終わらない。