第15章 忍び寄る影
一瞬の静寂を裂くように、背後から数人の足音が響いた。
制止の命も出していないのに、部下たちは空気を読み違えたらしい。
「お頭、こいつ──」
「調子に乗ってんじゃ──」
止まらない。
そのまま数人が“想願”の少女へと迫ろうとした、その時──
風も音もないのに、何かが変わった。
目で捉えられない何かが空間に沁みて、
淡い揺らぎが、音のない波のように床を這う。
ぴくり、と。
最前にいた男の肩が不自然に揺れた。
そのまま──膝から崩れる。
「……っ、は?」
声を上げる暇もなく、後続の男も次々に膝を折る。
苦悶も叫びもない。ただ、静かに、“眠る”ように。
倒れる寸前、一人が確かに見た。
彼女が、無言で自分に手を翳した瞬間──その瞳が、金に滲んでいた。
静かに整った動作。
敵意もなく、怒りもなく、ただ“そう願っただけ”の仕草。
「…………」
治崎は立ち上がらないまま、それを見ていた。
何をしたのか、分からなかった。
痛覚も毒も催眠もない。
“眠らされた”としか言いようのない現象。
部下たちは、呼吸はある。だが起きない。
生きている。だが、意識はない。
そして──“彼女”は一歩も動いていない。
あの小さな身体が、ただそこに立っているだけ。
その手をゆっくりと下ろし、
乱れた髪を整えるように、無感情に前髪をなぞった。
静かすぎて、不気味だ。
(……やっぱり、“化け物”じゃねえか。)
そう思ったはずなのに、
治崎の心の奥に生まれたのは、嫌悪でも排除でもない。
所有欲。
「…………」
指先で軽くマスクを整える。
空気の毒も、部下の無力も、彼女の異質さも──
すべてを覆い隠すように。
“手に入れておくべきだ”
“壊すより、抱え込んだ方が早い”
まだ何も言葉を交わしていないのに、
その“静かな力”だけで、彼女は選ばれた。
──この異物を、どう使うか。
治崎の視線だけが、鋭く、鋭く彼女を射抜いていた。