第15章 忍び寄る影
治崎廻side
静寂が満ちる。
歪んだ空間の波紋がゆっくりと静まり、足元に咲いた模様はまるで禅寺の庭に引かれた砂紋のように穏やかに揺れていた。
コンクリートの床には、もう冷たさは残っていない。
淡い金の光が周囲の空気を照らし、埃のひとつも舞わないその空間だけが、まるで世界から切り離された“祈りの間”のようだった。
治崎廻は無言のまま、視線だけを僅かに動かす。
その奥に、違和感がある。
――何かが、違う。
少女は一歩、こちらに踏み出す。
先ほどまでと何ひとつ変わらないはずの姿。
けれど、治崎の眼は見逃さなかった。
肩の線、腕の角度、呼吸の深さ――
(……俺、か?)
音もなく、衣擦れもなく、少女の輪郭が滲む。
見る間に髪色が黒く沈み、身に纏う影の密度が変わっていく。
まるで無理やり空気を引き裂くように、“治崎廻”の姿がもうひとつ、そこに現れた。
同じ瞳。
同じ声帯の奥にある呼吸音。
体温までも、まったく同じ――
治崎は、ほんの一瞬、言葉を失った。
まるで鏡のように向き合った“自分”が、薄く唇を動かす。
「──これで、足りる?」
静かな声だった。
敵意も焦りもない。
ただ、“見せてやっている”というだけの、極めて静謐な挑発。
その瞬間、背後の幹部のひとりがごくりと息を呑み、畳の上に指を沈めた。
血の匂いがしない。
けれど、この空気はまるで“解体”の直前に似ていた。
本能が告げていた。
――この少女は、ただの“餌”なんかじゃない。