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【ヒロアカ】re:Hero

第15章 忍び寄る影


想花side


公安に案内された車の窓越しに見える街並みが、いつもより遠く霞んで見えた。
制服の襟をぎゅっと握っても、手のひらだけが妙に汗ばんでいる。

『……ここ……』

小さく息を吐いた声が、自分でも聞き取れないくらい掠れていた。
連れてこられたのは、何の看板もない小さなビルの一室。
外から見ればただの空き部屋にしか見えないのに、
ドアを開けた瞬間、無機質な空気が肺の奥に重く沈んだ。

『……冷たい……』

誰もいない部屋。
真新しい白い壁と、最低限の家具。
窓には分厚いカーテンがかかっていて、外の光さえ届かない。

鞄をベッドの脇に置いた。
小さな着替えと、必要最低限の持ち物だけ。
何度数えても、ここに“私”を証明するものはほとんど残っていなかった。

制服の胸元をそっと撫でると、鎖骨の下――
服の奥に潜む、黒い装置の存在が心臓と一緒に脈打った。

『……もう、戻れない……』

口の中で呟くと、喉がひりついて痛む。
いつもなら、少し泣きそうになっても、
名前を呼べば救われたのに。

『……啓悟……』

小さく名前を呼んだ声は、誰にも届かない。
届かないと分かっているのに、胸の奥でずっと彼を呼び続ける。

机の上には公安が用意した書類の束と、薄いスマホが置かれていた。
私が“私”じゃなくなるための準備が、全て整えられている。

『……やるしか……ないんだ……』

息を吐くと、思ったより声が震えていた。
大丈夫、大丈夫――そう自分に言い聞かせても、
心臓の奥の冷たさは、もう温まることはなかった。
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