第15章 忍び寄る影
死穢八斎會side
暗い座敷に、冷たい湿気が張り付いていた。
畳に膝をつく幹部たちの誰もが、息を潜めるしかない。
その中央、奥座敷の奥に座る若き頭――治崎廻は、黒手袋の指先で報告書をゆっくり撫でていた。
「“想願”――雄英の子か。ヴィラン連合に攫われて、無傷で戻ったお姫様……。」
低く笑う声に、周りの誰もが目を伏せる。
想花の小さな写真を指で弾くと、薄い紙が畳に落ちて微かに鳴った。
「公安の“餌”だろうが、関係ねえ。こっちが牙を立てたら、誰の手のひらに転がるか試してやりゃいい。」
目の奥が冷たく光る。
噂に踊らされた街の声、報道に踊らされた世間。
“想願”という個性の意味を、治崎の頭の中ではもう別の形に塗り替えられていた。
「変装も化けるも、骨まで引き剥がせば化けの皮なんざ残らねえ。」
ごくり、と空気を飲み込む音がどこかで響く。
座敷の隅に控える若い構成員が、その声を殺しきれずにいた。
「お頭……確保はどう動きましょう。」
おずおずと問う声に、治崎の指先が小さく止まった。
黒手袋を外し、右手の素肌をさらけ出す。
小さな光が走ったかと思うと、目の前の木箱が一瞬で木屑に変わった。
「“想願”は“変装”だけの玩具じゃねえ。……従わなきゃ、作り替えりゃいい。」
静かな声なのに、血の匂いがにじむような残酷さがあった。
木屑を払った右手を、黒服の肩に軽く乗せる。
「公安が渡す“餌”を、ただ喰うのは俺たちじゃねえ。
中身が空でも構わねぇが――もし“使える”なら、徹底的に使い潰す。」
「……は、はい……!」
肩に乗った手が外されるまで、男は背筋を石のように固めていた。
奥座敷の暗闇に、治崎の小さな笑みが落ちる。
「監視も、偵察も、内臓まで暴いて調べろ。
“想願”――名前なんざいらねぇ。役目が終われば、詰め直す。」
遠くで古びた掛け時計が一つ、重い音を立てて時を刻む。
血を吸う畳の匂いと、吐き出される腐った空気。
誰も声を上げないまま、その夜の死穢八斎會は、静かに“駒”の回収を決めた。