第15章 忍び寄る影
無機質な会議室を出た途端、空気の重さが一気に薄くなる。
でも、息は少しも楽にならなかった。
『……“囮”って、そんなの……』
廊下を歩く足音だけがカツカツと響いて、誰もいない校舎に溶けていく。
胸の奥がひどく冷たくて、それでも脈だけは早く、止まらない。
想願――この個性を誰かに認められたくて頑張ってきたはずなのに。
今こうして縛られて、誰かに使われるためのものになるなんて、
そんな未来なんて、一度だって望んだことなかったのに。
『……啓悟……』
心の奥で小さく名前を呼ぶ。
聞こえるはずがないのに、息が掠れて、喉が焼ける。
きっと彼に言えたら、何て言うだろう。
きっとすぐに気づいて、何もかも引きちぎってでも私を奪い返そうとするんだろう。
でも――それを、私は許されない。
手を握りしめた。
爪が食い込むくらいじゃないと、この不安も、涙も、どこにも行き場がなくて。
『……私が、やらなきゃ……』
強くなりたいと思った。
ヒーローでいたいと思った。
でも今、ヒーローでいることがこんなに怖いなんて。
ほんの少しでも、あの温かい背中に触れられたら。
あの声を聞けたら。
それだけで、どれだけ救われるんだろう。
制服の下、鎖骨の奥で冷たい装置が確かにそこにある。
それは私を縛る“首輪”で、同時に私をヒーローに縛りつける鎖だった。
吐く息が小さく白く揺れて、廊下の端がぼんやりと滲む。
それでも歩かなきゃ。
逃げたら、誰かが傷つく。
だから、私は――
『……大丈夫、大丈夫……』
誰にも届かないおまじないを、
小さく呟きながら、前を向いた。