第15章 忍び寄る影
想花side
部屋のカーテンを閉めたまま、机に伏せた額が冷たい。
『……はぁ……』
誰もいないはずの部屋が、息を飲むたびに狭くなる気がした。
胸元――鎖骨の少し下。
見えないように制服で隠しているその下に、
あの黒い装置が静かに私を縛ってる。
もし――もし、逃げたら。
もし、裏切ったら。
もし、誰かに知られたら。
『……っ……』
頭に浮かぶのは彼の顔ばかりだ。
この顔を見たら、きっと気づかれてしまう。
声の震えも、視線の揺れも、全部――
彼には隠せない。
『……啓悟……』
名前を喉の奥で呼んだだけで、涙が滲みそうになる。
大丈夫だって言いたいのに。
言いたいのに、言えない。
そのとき、机の端に置いたスマホが小さく震えた。
――着信:啓悟
『……え……』
少しだけ、怖くなって画面を睨む。
でも繋げないわけにはいかなくて、指先でスライドする。
『……もしもし……?』
「おー、声ちっさ。寝てた?」
スマホ越しの声はいつも通りで、
ほんの少し笑ってるのがわかる。
『……ううん……起きてた。啓悟は……?』
「こっちはちょっとバタついててさ、
……悪い、言っとこうと思って。」
一瞬、胸がきゅっと締め付けられた。
嫌な予感だけが、声より先に落ちてくる。
「……今回のインターン、
お前のこと……呼べそうにない。」
『……え……』
「ごめんな。ちょっと色々あってさ、
でも他の事務所もあるだろ?ちゃんと勉強してこいよ。」
軽い声が、逆に重く突き刺さる。
私は今、一番彼の近くにいたいのに。
『……そっか……。……わかった……。』
自分の声が遠い。
何を言っても泣きそうで、必死に唇を噛んだ。
「……お前の声、なんか変。」
『……何も、ないよ……大丈夫だから。』
嘘。全部嘘だ。
でも言えない。言えるはずがない。
「……そっか。」
一瞬だけ沈黙が落ちて、
それでも啓悟は、何かを隠すみたいに笑った。
「……じゃあ、またな。無理すんなよ。」
『……うん。』
通話が切れた瞬間、息が止まった。
誰よりも近くて、誰よりも遠い。
机に伏せた額が、今度は冷たくなくて、
自分の熱で、涙で、じんわりと濡れていった。