第15章 忍び寄る影
ファイルを閉じた男が、もう一つの封筒をゆっくり机に置いた。
薄い茶封筒の口が、わずかに開いている。
『……それは……』
男は無言で指先を滑らせ、封筒の中身を少しだけ引き出した。
そこには見覚えのある景色――青く光る水槽、寄り添う二人の姿。
私の肩を抱く啓悟の横顔と、変装したはずの私。
「――先日の“熱愛報道”、だ。」
男の声は淡々としているのに、空気の温度が一気に冷たくなる。
『……っ、これは……』
「世間には、君が“誰か”だと気づく者はいなかった。
だが、私たちは気づいた。」
淡い青に浮かんだ、自分の笑顔。
あの日の幸せが、そのまま足元から崩れ落ちるみたいだった。
「君の“変装”の精度を教えてほしい。
髪型、目の色、雰囲気、歩き方、声色……どこまで変えられる?」
『……どうして、そんなことを……』
「――必要だからだ。」
机の上で、指先が小さく音を立てた。
「君は、“想願”を使えば他人に成りすますことすら可能だ。
違うか?」
声がひどく優しくて、それが余計に怖い。
「これから君にやってもらうのは、情報収集だ。
君の存在を知らないヴィランの中に紛れ込み、
彼らの本当の“狙い”を、公安に届けてもらう。」
『……それって、私が……スパイをやれって……?』
「誤解しないでほしい。」
男は首を小さく振ると、封筒の中の写真をトントンと整えた。
「君の“想い”のためだ。
君自身が誰かを守りたいのなら、そのために動けと言っているだけだ。」
『……』
「それに、君の周りには大切な人が多い。
担任の相澤、クラスメイト……そして――」
視線が、写真の中の啓悟に落ちた。
「羽ばたく若きNo.2ヒーロー。
あの男は君を守るだろうが、彼を守る者は誰がいる?」
胸の奥で何かがひりつく。
「私たちは君の味方だ。
それを忘れないでほしい。」
そう言って、男はまた穏やかに微笑んだ。