第14章 仮免の向こう側【R18】
プールの水面に、光が割れて揺れている。
遠くのスタンドから子どものはしゃぐ声がして、イルカが大きく弧を描いて跳ねるたびに、客席に波のような歓声が届く。
啓悟の指が私の手をきゅっと握り直した。
絡めた指の熱が離れないまま、少しだけ背中を引き寄せられる。
『……恥ずかしい、よ……』
小さくつぶやいた声は、イルカの尾びれが落とす水音にすぐに飲まれていく。
耳元で笑った啓悟の声だけが、こんなに近い。
「……誰も見てないふり、してりゃいい。」
顔を横に向けさせるように頬を包まれて、視界いっぱいに金色の瞳が満ちる。
青い水槽の反射が、その瞳をさらに冷たく見せるのに、熱はどこまでも優しくて、怖いくらいだ。
啓悟が私の頬に口づけて、ゆっくり指先で髪を梳く。
ほんの少しの水しぶきが風に乗って飛んできて、私の肩と啓悟の睫毛に小さく光を落とした。
すぐ近くで、小さな声が聞こえた気がした。
「え、誰?」
「ヒーローじゃない?」
「隣の子、誰……?」
どこかでそんな風に囁かれても、啓悟は振り向きもしない。
『……啓悟、こんなとこで……』
「いーや、俺がしたいから、する。」
低い声が笑うたび、鼓動がひどく騒がしくなる。
啓悟の親指が私の下唇をなぞって、そのまま優しく塞ぐ。
イルカが水を蹴る音が、ふたりだけの世界の外を泳いでいくみたいだった。
「……可愛い。誰にも渡したくない。」
その声が胸の奥に落ちて、息が詰まる。
繋いだ手を外そうとしたって、啓悟はもっと強く握り返す。
後ろでスマホのカメラを構える気配も、誰かの小さな笑い声も、今は全部遠い。
ふたりの間だけを満たす青い光と水音と、止まらない熱。
何も知らないまま、私たちはただ――
隣にいる人を、もっと欲しがっていた。