第14章 仮免の向こう側【R18】
人混みをすり抜けるように、啓悟が私の手を引いて歩いていく。
つないだ手はずっと熱くて、振りほどく隙なんて最初からないみたいだった。
『……水族館?』
「ん。行きたいっちゃろ? 昔ぽろっと言ってたやん。」
『……覚えてたの?』
振り返った金色の瞳が、何も言わずに笑う。
人混みの中で私だけに向けられるその笑顔に、胸の奥がふわりと熱くなる。
『……ほんとに、覚えてたんだ……』
啓悟は何も答えずに、繋いだ手にぎゅっと力を込めた。
チケットを買って、ガラスの自動ドアをくぐると、
ふわりと潮の匂いが鼻先をかすめた。
外の喧騒がすっと遠のいて、水と光の世界に閉じ込められる。
『……わぁ……』
青い水槽の中を、光の粒みたいな魚たちが群れになって泳いでいく。
水面に反射した青が、天井を揺らしてキラキラと私たちを照らした。
啓悟は私の肩に後ろから顎を預けて、水槽越しに目を細めた。
「ほら、こっち。イルカの時間、間に合うかも。」
『ほんと……?』
「ほら、急げ急げ。」
人が多い場所でも、啓悟はさりげなく私を守るみたいに腰に手を回してくる。
すれ違う人に押されそうになるたびに、その手がもっと近くに引き寄せて、
青い館内が二人だけの世界みたいに見えた。
水槽の奥を大きなマンタがゆっくりと泳いでいくのを見上げると、
啓悟の指先が私の髪にそっと触れた。
『……すごい、大きい……』
「……なぁ。」
耳元で低く笑う声が、心臓をくすぐる。
「可愛いな。」
『え……マンタが?』
「違う。」
指先が顎をとらえて、強引に顔を向けさせられる。
すぐ目の前で、金色の瞳が揺れる水面みたいに光っている。
「お前のこと。」
頬に触れる唇が、冗談みたいに触れて、すぐに離れる。
それだけなのに、何かが胸の奥で爆発したみたいに熱くなる。
『……ずるい……』
ぽつりとこぼした声を、啓悟は楽しそうに笑い飛ばした。
「ずるいのはそっちやん。どんだけ可愛い顔すんの。」
青い光の中、イルカショーのアナウンスが遠くで響く。
でも私の世界はずっと、目の前のこの人だけでいっぱいで――
つないだ手が解ける気配なんて、どこにもなかった。