第14章 仮免の向こう側【R18】
夕飯が終わって、食堂はまだ笑い声であふれてるのに、
私はなんとなく一人になりたくて、
寮の玄関をそっと抜け出した。
昼の熱気が残る中庭は、じっとりとした空気を夜風が少しだけ撫でていく。
ベンチに腰を下ろすと、汗ばんだ髪が首筋にくっついて、
でもその感覚さえ心地よく感じた。
ポケットの奥で小さく震える携帯を取り出す。
画面に映る名前に、胸の奥が熱くなる。
――啓悟。
震える指で通話ボタンを押すと、
すぐにあの低くて優しい声が耳に落ちてきた。
「……想花? 声、ちゃんと聞かせて」
『……うん。聞こえる?』
夜風に少しだけ髪が揺れて、
寒くて縮こまった肩を、あの人の声だけがほどいてくれる。
「……無理、してないか? ちゃんと眠れてるか?」
少しだけ笑い声が漏れそうになって、
『……心配性すぎ。私は大丈夫だよ』
って、そっと笑い返す。
画面の向こうにいるはずなのに、
さっきまでみんなといたときよりずっと心があったかい。
「……そっか。……またすぐに会いに行くから」
『……うん、待ってる』
ほんの短い会話なのに、言えない言葉が胸の奥で渦を巻く。
“好き”って言いたくなる。だけど、まだ言えない。
だから、そっとスマホを胸に抱きしめるみたいにして、
吐く息を夜空に溶かした。
――そのとき。
少し離れた植え込みの影から、小さくくぐもった声が聞こえた。
「……なあ、今の……電話、誰だ?」
振り返らなくてもわかる。
低く唸るような勝己の声と、焦凍の無言の視線。
そして、わざとらしく息を潜めきれない上鳴くんのヒソヒソ声。
『えっ、ちょっと、何してんの!?』
「いやいやいや、お前今……今めちゃくちゃ顔赤かったよな!?」
上鳴くんが半笑いで近寄ってくる。
「……秘密の電話か」
焦凍の目が、じっと携帯を見つめてくる。
勝己は鼻を鳴らして、
「……ふん。誰だろーが関係ねぇし」
って言いながら、絶対気にしてる顔をしていた。
『だから、何でもないってば!もう、やめてよ!』
ばつが悪くて携帯をぎゅっと握りしめると、
上鳴くんがにやっと笑って、
「これ絶対芦戸に言お~っと」とふざける。
『や、やめてほんとに!』
こんなにあったかいのに、
なんだか胸の奥だけひやっとして、
でもどこか嬉しくて――
私は顔を真っ赤にしたまま、夜風にかすかに笑った。
