第2章 翅(はね)の記
五歳のある日。
公園で出会った、小さな男の子がぽつりと言った。
「ぼくも、飛んでみたいなあ」
その言葉に、胸がぽっとあたたかくなって、
思わず笑ってしまった。
『じゃあ、いっしょに飛ぼっか!』
まだ幼かったけど、自分の翼に自信があった。
だから、その子を抱き上げて、翼をひろげて——
空へ、舞い上がった。
高く、高く。青い空へ向かって。
風に乗って、二人で笑って、
まるで、本当に鳥になったみたいだった。
でも——
「や、やっぱりこわい!おりる、やだああっ!」
突然、男の子が暴れ出して、バランスが崩れた。
その瞬間、腕の中から彼がすり抜けて——
わたしの手を離れて、落ちていった。
⸻
『やだ……!やだやだっ!!』
全身の血の気が引いて、何も考えられないまま、
必死で地面に降りて、彼のもとへ駆け寄る。
足を抱えて泣きじゃくる彼の白い靴下は、
赤く滲んでいて——
細い足が、ありえない向きに曲がっていた。
その光景に、背中がぞくりと凍った。
『どうしよう……お母さんに怒られる……!』
頭の中が真っ白になる。
怖くて、怖くて、涙が止まらなくて、
でも——
それでも、ただひとつの思いだけが胸に残った。
『たすけたい……!』
わたしはその子の足にそっと手を当てて、
ぎゅっと目をつぶって、心の中で叫んだ。
『なおって……なおって……!おねがい……!』
涙がぽたぽたと手の甲に落ちる。
願いが、どうか、届いてほしいと祈りながら——
⸻
そのときだった。
指先がふわりと、あたたかく光って、
赤く染まっていた足が、すぅっと元に戻っていった。
⸻
『えっ……?』
男の子はきょとんとしたまま、自分の足を見つめていた。
そしてそのすぐ隣で、
わたしはただ、動けずに立ち尽くしていた。
——いま、わたし、なにをしたの?