第13章 この手が届くうちに【R18】
想花side
校門をくぐった瞬間、
ひやりとした朝の空気が制服の袖にまとわりついて、
それを溶かすみたいに陽の光が足元に落ちてきた。
地面に落ちた影が、少しだけ揺れている。
私がここに戻ってきた証拠みたいに。
隣を歩く切島くんたちの靴音が、
心臓の奥でまだ残ってる夜の鼓動を優しく打ち消してくれる。
――もう、ダメだと思った。
誰にも届かない場所で、暗闇に閉じ込められて、
声を殺すしかなくて。
でもあの人の手が全部をほどいてくれた。
私の名前を呼んでくれた低い声、
そっと髪に触れたあの手の温度、
くしゃっと笑った横顔――
全部、夢みたいに遠いのに、確かにまだ胸の奥で生きてる。
『……啓悟……』
声にならないくらい小さく、心の奥だけで呼んだ名前。
付き合ってるわけじゃない。
恋人って呼べるわけでもない。
でもあの夜だけは、あの人だけは、私を全部許してくれた。
汚されたはずの心に、もう一度触れてくれた。
だから私は、もう一度ここでちゃんと生きていける。
ポケットの奥には小さな携帯が眠っている。
無機質なはずのそれが、
あの人の声と繋がってるだけで、まるでお守りみたいだった。
いつ鳴るんだろう。
またあの声で名前を呼ばれたら、
次は泣かずにちゃんと「ただいま」って言えるかな――
そんなことを考えながら、寮の玄関が見えた。
後ろで歩幅を合わせてくれていた護衛の二人が、
ふっと距離を置く。
あの人が「離れるな」って言った低い声を思い出して、
指先がじんわりと温かくなる。
もう一度、深呼吸。
いつもならなんてことないドアの取っ手が、
今は少しだけ重い。
でも私は、震える手をそっと伸ばして――
小さく音を立てて、私の居場所を開けた。