第13章 この手が届くうちに【R18】
玄関のドアの前で、啓悟が私の髪をそっと撫でた。
さっきまでの空気が嘘みたいに、廊下の向こうには朝の気配が澄んでいて――
私たちだけの夜が、ゆっくり終わろうとしている。
『……行かなきゃ、だよね』
言葉にした途端、胸の奥がきゅっと苦しくなる。
昨日の夜、あんなに近くで触れてくれた体温も、
今は制服のシャツの下に隠れてしまって、指先で探しても届かない。
啓悟は笑ってくれる。
いつもの、誰もが知ってる“ホークス”の顔より、
少しだけ柔らかくて――でも、やっぱりヒーローの顔に戻ろうとしてる。
「俺の事務所まで一緒に行こう。……そこまでしか、送れないけど」
分かってる。
私には本来の居場所があって。
啓悟もプロヒーローとして、本来の姿に戻らなきゃいけない。
『……ねえ、啓悟』
玄関のドアを開ける前に、勇気を出して名前を呼んだ。
『また……すぐ、会いに来てくれる?』
啓悟は一瞬だけ目を伏せて、小さく笑った。
すぐに、私の頬にそっと口づけを落として、
人差し指で私の額をコツンと叩く。
「当たり前だろ。――すぐ飛んでくる」
何も言えなくなって、でも笑えてしまって、
私は彼のシャツの裾を小さく握った。
『……じゃあ、行こっか』
ドアが開く音。
外の朝の空気が、肌に少し冷たくて――
私はもう一度だけ、背中に残る彼の体温を思い出す。
これが終わりじゃないって信じたい。
何度離れても、またあの腕に戻れるって。
そう信じられるから、私の足は前に進める。
隣で啓悟が、小さく息を吐いて笑った。
「さ、出勤だ。……お嬢さん」
少しだけ、肩が触れた。
何もなかったみたいに振る舞うくせに、指先だけが優しく私の小指を探してくれる。
『……行ってきます、ホークス』
「行ってきますじゃないだろ」
笑いながら、啓悟は私の耳元で低く囁いた。
「“啓悟”って、呼べよ。……ほら」
振り返った私の声は、小さく震えていた。
『……行ってきます、啓悟』
一歩外に出たら、もう私たちは――
ヒーローと生徒に戻る。
でも、胸の奥に残るのは、たしかな約束だけ。