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【ヒロアカ】re:Hero

第4章 優しさの証


会議室をあとにする頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。

私は校舎の片隅、鏡の前に立ち、そっと目を閉じる。

『……黒髪、茶色の瞳…いつもの、私に』

静かに願うと、光の粒が舞い落ちるように、髪と瞳の色がゆっくりと戻っていった。
銀の煌めきも、碧の透明も……また、心の奥にしまい込む。

「……行くぞ」

振り返ると、相澤先生が無言で立っていて、車のキーを片手にかざしていた。

「…今日は疲れただろ。送ってやる」


そのぶっきらぼうな言い方に、思わず口元がゆるむ。

『……ありがとうございます。相澤先生って、意外と優しいんですね』

「うるさい。今だけだ」

放課後の静かな校舎を抜けて、夕暮れの空の下へ。
先生の乗る黒いセダンの助手席に乗り込むと、すぐにエンジン音が控えめに響いた。

窓を少しだけ開けると、やわらかい風が髪を揺らす。

私は外の景色に目を向けた。

――こんなふうに、大人と並んで帰る日が来るなんて、
ほんの数年前の自分には、想像もできなかった。

誰にも話せなかったこと。偽ってきた個性。
隠し続けた“本当の自分”。

……全部、今日、あの場所に置いてこれた気がした。

「……星野」

ハンドルを握ったまま、先生がふいに口を開いた。

「お前、一人暮らしか?」

『はい。こっちには知り合いもいないので』

すると彼はグローブボックスから小さなメモ帳を取り出して、ペンで何かを書きつけた。

「……俺の家、わりと近いから。何かあったら連絡しろ」

差し出された紙には、手書きの番号と「相澤」の文字だけ。

一瞬、言葉が出なかった。

『……え、あの、先生』

戸惑いながら顔を上げると、彼は前を向いたまま、低く呟いた。

「教師としての義務だ。……勘違いするなよ」

その横顔が、少しだけ照れたように見えて。
私は思わず、ふっと笑ってしまった。

『……はい。ありがとうございます、先生』

車はやがて住宅街へ入り、私の暮らすアパートの前で止まった。

「じゃあな」と短く告げると、先生は静かに車を走らせていく。

 
私は玄関に向かう途中、ふと立ち止まって空を見上げた。

深くなっていく夜の色と、遠くににじむ街の灯り。

風がそっと頬を撫でる。

――明日も、きっと頑張れる。

そう思えた。

握っていた小さな紙が、手の中でじんわりとあたたかかった。
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