第13章 この手が届くうちに【R18】
彼女の唇に、もう一度だけ、やさしく触れた。
逃げなかった。
拒まなかった。
俺の愛を――受け入れてくれた。
だから今度は、少しだけ、
踏み込んでもいい気がした。
「……大丈夫だからな」
そう囁いて、彼女の細い肩を抱き寄せた。
羽があった頃のように、ただ包み込むように。
その背中に、もう誰の影も落とさせないように。
額をそっと重ねて、彼女の吐息に触れる距離で、
俺は何度もその目を見つめた。
泣いて、耐えて、傷ついて――
それでも、今こうして俺の胸の中にいる彼女が、
世界で一番、愛おしかった。
「……ゆっくりでいい。俺から急がないから」
そう言いながら、彼女の手をそっと取る。
震えていた指先に、そっと口づけるように。
「全部、お前のペースでいい。
ただ……今夜だけは、俺にお前を、愛させて」
その言葉の先にあったのは、
衝動でも欲望でもない。
ただ――彼女を「だいじ」にしたいっていう、まっすぐな願いだった。
彼女の体をベッドに横たえたときも、
その瞳を見失わないようにしていた。
どこもかしこも、優しく触れるだけで泣きたくなるくらい、
壊れやすくて、尊かった。
「……きれいだよ」
掠れるような声で、それだけを何度も繰り返した。
「お前が生きててくれて……本当に、よかった」
彼女の胸元に、そっと唇を落とす。
そして、喉元、肩先、腕、指先――
誰にも触れさせたくなかった部分を、
まるで祈るように、俺の温もりで上書きしていく。
何かを奪うんじゃない。
与えるんだ。あたたかさも、愛しさも、希望も。
「……もう、何も思い出さなくていいよ」
「俺が全部、包むから」
「怖い夢も、ひとりの夜も、二度とお前に近づけさせない」
彼女の頬を伝う涙を、指先でそっと拭った。
「愛してるよ、想花」
もう誰にも、奪わせない。
彼女の身体も、心も――全部、俺のものにする。
でもそれは、
“所有”じゃなくて、“守る”って意味で。
その夜、彼女は俺の腕の中で、
ようやく深く眠ってくれた。
脆くて、でも確かにそこにある命の重さが、
この胸いっぱいに、しあわせを灯していた。