第13章 この手が届くうちに【R18】
気づけば、彼の指がそっと頬をなぞっていた。
涙の跡を、ひとつ残らず拭いとるように。
『……啓悟……』
名前を呼んだ声が、今度はかすかに震えていたのは、
きっと心の奥底で、何かがほどけ始めているからだと思う。
「いいよ、泣いても。……泣かなくても」
啓悟の声が、まるで包帯のようにやさしくて。
触れる指先も、まるでガラス細工に触れるみたいに繊細で。
私の手を、彼の胸元に引き寄せる。
トクトク、と。
彼の心臓の鼓動が、耳を通して伝わってきた。
「ここにいろ。……逃げなくていい」
私の腕を、指先を、ひとつずつ包み込むみたいに触れて、
丁寧に、丁寧に、抱き寄せられた。
私の身体に残る“あの人”の痕跡を、
全部、彼が溶かしていくみたいに。
燃やされた場所さえ、触れられなかった場所さえ、
まるで確かめるように、そっと、優しく撫でていく。
『でも、…あたしもう綺麗じゃ…』
そう言おうとした言葉は、彼の指先に触れた瞬間、どこかへ消えてしまった。
「ぜんぶ……俺が、消してやるよ」
その言葉に、嘘はなかった。
本気でそう願ってる人の目をしてた。
まるで――
“お前を壊したやつの記憶を、俺が上書きしてやる”って
そんな決意ごと、優しさに変えて包み込んでくるみたいだった。
「……大事に、するから」
その一言が、胸に深く沈んで。
心の奥の痛みさえ、少しずつ癒えていくような気がした。
『……こわい』
「大丈夫。俺の手は、壊すためじゃない」
宝物に触れるみたいに――
彼の手が、私の髪を、頬を、肩を、やさしくたどっていく。
「お前を、ちゃんと、愛するためのものだから」
そして、ぎゅっと――
温もりごと、心ごと、私を胸に閉じ込めてくれた。
この夜が、どんなに長くてもいい。
この腕の中にいる限り、私はきっと大丈夫だと思えた。