第13章 この手が届くうちに【R18】
想花サイド
『……っ』
小さく、扉が開く音がした。
振り返ることはできなかった。
怖かったわけじゃない。ただ――胸の奥が、ぎゅうって締めつけられて、動けなかった。
ゆっくりと足音が近づく。
カツ、カツって、乾いた音が絨毯に沈んでいくたびに、
さっきまで張り詰めていた静寂が、じわじわと溶けていった。
やがて、すぐ近くにあの気配が降り立つ。
ほんの少し、温かい風が肌を撫でた。
『……来ないで』
ホークスの影が、部屋の静けさに溶け込むように、そっと差し込んだ。
『お願い……来ないで……!』
声が震える。
本当は、すぐにでも抱きしめてほしくて、温もりに触れたくて――
それでも、恐怖が先に胸を締めつけた。
「……想花」
彼の声が落ちてくる。
私を呼ぶその声は、優しくて、真っ直ぐで、
だけど私には、もう、それを受け取る資格がないような気がして――
『触れないで……っ、私に……』
背中に感じた気配。
あの羽の音はしないけど、近くにいる。
その事実だけで、息が詰まりそうになる。
『あなたまで……汚れてしまう』
掠れた声が、床に落ちて、砕けた。
『私、もう、汚れちゃったの……』
指先も、髪の毛も、胸の奥の奥も。
荼毘の熱が、染みついている気がして、拭っても落ちなかった。
『笑われたの……壊されかけたの……ぐちゃぐちゃに……されそうになって――』
声が震えて、途切れる。
涙が溢れて止まらないのに、それをぬぐう手も動かせなくて。
『あなたに……触れられた場所も……もう、無くなっちゃった』
嗚咽を噛み殺しながら、
ひと呼吸ぶんだけ空を見上げて、
『……大切な、思い出だったのに……』
そう呟いたそのとき、
私の唇は、なぜか、笑っていた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔のままで。
泣いてるのに、笑うしかなくて。
壊れかけた心を隠すための、最後の仮面みたいに。