第12章 あの日の夜に、心が還る
ヴィランSide - “BAR”アジト
埃の舞うBARのカウンターに、酒も注がれぬグラスがひとつ。
死柄木弔はその前に座り、指をわずかに動かしながら、無感情に口を開いた。
「……結局、爆豪は逃げられたのか?荼毘」
「……あぁ」
薄く笑っているのか、怒っているのか――
荼毘は壁に凭れたまま、まだ手に主人公の血を乾かしたままだった。
「アイツが“あんなこと”するとはな。計算外だった」
「……っふ。ビー玉1つで、全部狂ったな」
Mr.コンプレスが肩をすくめるように笑う。
「だけど、もう1つの“景品”は残ったぜ。ねえ、先生?」
その声が向けられたのは――
背後のモニターに映る、機械のノイズとともに届いた重い音声。
『問題ない。勝己爆豪は惜しかったが、まだこちらには“鍵”が残っている』
無機質で、それでいて圧倒的な存在感を放つ声。
オール・フォー・ワン。
その存在だけで、空気がひとつ、沈み込んだようだった。
『彼女は、“未来”を繋ぐ道具になる』
「……やっぱり、先生はそっちがお目当てだったのねぇ」
トガが無邪気にくるりと回って笑う。
「わたし、まだ彼女の血も採ってないのに。もっと遊びたかったな~」
「遊びってレベルじゃなかったけどな、お前のは」
と、コンプレスがぼやくも、誰も笑わない。
『その個性――“想願”は不安定ながら、未来のために必要だ』
オール・フォー・ワンの言葉に、死柄木が小さく息を吐いた。
「……俺は、爆豪の“破壊”に興味があった」
「なら次だろ、またやるさ」
荼毘が低く、くつくつと笑う。
「それにしても……面白かったぜ。アイツ、弱りきってるくせに、
最後の最後まで“こっちを笑ってやがった”」
トガが唇を尖らせた。
「ずるいなぁ。みんなに好かれて、笑って、ちょっと泣いて。
……なのにあんなときでも、あたしより綺麗な顔するなんて」
『――保管は、慎重に。今はまだ壊すな』
モニターの向こうで、“先生”が命じる。
『時が来れば……その“翼”は、我々の空を切り裂く刃になる』
部屋に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
そしてその中心、
まだ気を失ったまま、縄で椅子に縛られた少女――想花は、
誰も知らない夢の奥で、何かを掴もうとするように、わずかに眉を寄せていた。