第12章 あの日の夜に、心が還る
想花side
ぐらり、と世界が歪んだ。
光が弾け、空間が引き裂かれ――
その直後、私は硬い床に叩きつけられていた。
『……っ、あ、く……!』
視界の端が揺れている。
肺にうまく空気が入らない。
それでも、今の自分の“選択”に、後悔はなかった。
けれど。
「てめェ……!」
すぐ上から、鋭く乾いた声が降ってきた。
次の瞬間、がしりと首を掴まれる。
「なんでだよ……!」
怒りとも笑いともつかない低い声。
ぐっと喉元に力がかかる。
焼けた手のひらが肌を焦がすみたいに熱かった。
「せっかく、ふたりそろって手に入ったってのによ……!」
『……っ……ぁ……』
声が、うまく出せない。
視界が滲んで、顔を近づけてきたその男の表情が、よく見えなかった。
けれど、その奥に宿る色だけは、見間違えようがなかった。
――狂気。
どす黒い怒りと、底の見えない執着が、瞳の奥で暴れていた。
「なんで逃がした……!」
『……っ……ふ、ふふ……っ』
喉が痛む。目の端に涙が滲む。
でも、どうしてだろう。震える唇が、わずかに笑みを描いていた。
『……だって……困るんでしょ……? 勝己が、いなくなったら……』
「……っ!」
荼毘の眉がわずかに歪む。
爪が喉に食い込み、ひやりとした痛みが走った。
『あんたたちの“目的”……ひとつ、台無しにしてやった……』
ああ、体が痛い。喉も熱い。
だけど、心の奥にほんの少しの誇りが灯っていた。
『……それだけでも、……十分だよ』
呆れたように、笑ってみせる。
その瞬間、荼毘の瞳が、ふっと細められた。
「──マジで、イかれてんな。お前」
その口元に浮かぶ笑みは、どこまでも不気味だった。
でも、怒鳴るでもなく、手を離すでもなく――
ただ、じりじりと喉を締めたまま、こちらを見下ろしていた。
『……殺すなら、……さっさと……』
「させねぇよ。簡単には、な?」
その声に、ぞくりと背筋が震えた。
「……せっかく捕まえたんだ。壊すのは、楽しんだあとだろ?」
床に落ちる影が、まるで夜そのもののように深く濃かった。
そして私は、誰の声も届かない場所で、
もう一度、深い闇に沈んでいった――