第12章 あの日の夜に、心が還る
風を切る音が、耳にやさしく流れていく。
でも、それよりも先に私の目を奪ったのは――
『……なに、これ……』
見下ろした森が、燃えていた。
しかも、それは普通の火じゃなかった。
真っ赤な炎でも、橙でもない。
どこまでも、深く……冷たいほどの青。
『……誰かの……“個性”?』
ただの山火事じゃないと、一目で分かった。
焦げた木々の隙間から、青白い炎が不気味に揺れて、
地面は所々、黒く焼け焦げて崩れていた。
『こんなの……放っておけない』
迷いはなかった。
私は翼を大きく広げ、少し高く舞い直す。
風が、ふわっと頬を撫でた。
『お願い……降って』
そっと両手を掲げて、心の中で“願う”。
――この火を、止めたい。
――これ以上、誰も傷つけたくない。
雨粒のイメージを強く浮かべながら、胸の奥にある“想い”をそっと空へ放った。
『……お願い、空』
その瞬間だった。
ぽつ、ぽつ――と。
灰色の雲が広がる気配とともに、冷たいしずくが、羽根に、髪に、落ちてきた。
『……きた……!』
小さな雨はやがて勢いを増して、青い炎を包みはじめる。
ジュ……ッという音が遠くで響いた。
空から見える範囲の火は、ゆっくりと、でも確実に沈静していった。
でも、それでも――
一箇所だけ、燃え続ける場所があった。
青い炎が、他とは違うほど強くて、
まるで“そこ”がこの災厄の起点だと、そう言っているかのように。
『……あそこ……』
私は翼をすぼめ、そっと降下した。
風の中に、焼けた木々の匂いと、微かに人の気配が混ざる。
熱を孕んだ空気が、肌にひりつく。
それでも、足が止まることはなかった。
『……行かなきゃ。誰かが、あそこにいる』
──青い炎が、地を這うように揺れていた。
空から見下ろしたときに見えた、あの異常な燃え広がり。
普通の火災じゃない。誰かの──確実に、強い個性。
着地した場所は、ほとんど炭のように黒く焼けていた。
焦げた草の匂い、湿った土の熱。
まだ、そこにいた。火の気配が、生きてる。
『……っ』
思わず、ひと息、吸い込んでしまった。
そして──
「やっと、お出ましか」
その声が、耳を裂いた。