第12章 あの日の夜に、心が還る
回原くんに驚かされて、ヤオモモとふたりで笑いあったあとは、また静かな森の中に戻った。
木々のざわめきと、虫の声。少し湿った夜の空気。
『……ふふ、さっきの……ちょっと本気でびっくりしたかも』
「ふふっ、星野さんの顔、可愛かったですよ」
ヤオモモがそう言って笑った。
いつも凛としてる彼女だけど、こうして近くにいると、ほんとに優しくてお姉さんみたいな人だなって思う。
けれど──
ふいに、鼻の奥を突くような焦げた匂いが、風に乗って漂ってきた。
『……ねぇ、なんか、匂わない?』
「……はい、私も思いました。これ……まさか」
その一瞬、ふたりの間に流れた空気が、ピリッと張りつめた気がした。
次の瞬間、もくもくと広がる薄い煙が、ゆらりと私たちの視界に差し込んできた。
「星野さん、口を押えて!」
ヤオモモがそう言って、すぐに地面に膝をつく。
『え……?』
「大丈夫、私がすぐに……!」
彼女は迷いなく、自分の腕を創造の起点にして、ガスマスクを2つ生み出してくれた。
形を整える時間すら惜しむように、彼女はひとつを私に差し出してくれる。
「早く、着けてください!」
『……ありがとう!』
慌ててマスクを顔に押し当て、深呼吸する。
でも胸は落ち着かない。どこかが……おかしい。
これは肝試しの仕掛けなんかじゃない。もっと、根の深い──“なにか”。
『……ヤオモモ』
「はい」
『ごめん、私、少し飛んでみる。これ……ただの煙じゃない。火事かもしれないし……もっと悪い、ことも考えないと』
「……!」
ヤオモモが少しだけ目を見開いて、それから静かにうなずいた。
「わかりました。星野さんは空から確認を。私はみんなを──必ず避難させてみせます」
心強い声だった。
私はひとつ頷いて、そっと足元に力を込める。
背中から、白く淡い碧を帯びた翼が広がった。
『お願い……みんな、無事でいて──!』
風がぶわっと吹いて、私は夜の森へ、飛び立った。