第4章 優しさの証
想花side
ほんのりと、消毒液の香りが鼻先をくすぐった。
まぶたの裏がまだ重たくて、視界の奥がぼんやりしている。
どこかで、鳥のさえずりが聞こえていた。
『……ん、ぅ……』
瞬きを何度か繰り返して、ようやく目が覚めてきた。
天井がゆっくりと形を結び、白く静かな天井の模様を目で追う。
その先で、少しずつ“今”が戻ってきた。
(……ああ、そうだ。戦闘訓練……)
氷の床。轟くんの鋭い動き。――そして、柱に頭をぶつけた感覚。
『……ここ、保健室……?』
ゆっくりと体を起こそうとした、その時だった。
「……起きたのか」
低くて、静かな声。
聞き慣れているのに、なぜか胸の奥が少しだけ波立った。
そちらに目をやると、窓際の椅子に、轟くんが座っていた。
制服の袖をまくって、腕を組んでいる。
表情は変わらないけれど、その目は……少し疲れていて、でも、どこか安心したようにも見えた。
『……轟くん? なんでここに……』
「……さっき、医療科の先生が診てくれた。軽い脳震とうだったらしい」
「でも、今はもう大丈夫って。……眠ってる間、少し……うなされてた」
その言葉に、少しだけ胸がきゅっとなった。
(夢……見てたのかな)
静かに沈黙が落ちる。
私は少し口角を上げて、小さく笑って言った。
『……心配、してくれてたの?』
彼は目を伏せて、ひとつ息を吐いた。
その呼吸が、いつもより少しだけ深く感じられる。
「別に。ただ――」
言葉はそこで止まった。
だけど、言葉の先にあった気持ちは、不思議とちゃんと伝わってくる気がした。
だから、私はそっと言葉を重ねた。
『……ありがとう、来てくれて。嬉しいよ』
一瞬、彼の目がわずかに見開かれたのがわかった。
そのあと、目をそらしながら、ぽつりと呟いた。
「……あの時、お前が倒れた時、咄嗟に……手が伸びてた。無意識に」
その言葉に、ふっと微笑みがこぼれた。
『うん、気づいてた。……届かなかったけどね』
「……ああ」
たったそれだけのやりとりなのに、どうしてこんなに胸が温かいんだろう。
窓の外から、ゆるやかな風が入り込み、白いカーテンをふわりと揺らした。
部屋の中に、少しだけ、優しい春の匂いが漂っていた。