第12章 あの日の夜に、心が還る
合宿所の前で、みんながわいわいと準備体操をしている中。
私はひとり、相澤先生のそばへと歩いていった。
『先生……少し、話してもいいですか?』
彼は軽く視線だけを向けてきた。
「どうした」
その一言に、迷っていた言葉が、自然とこぼれ出る。
『……私、自分の個性、もっと安定して使えるようになりたいです。』
「お前の“想願”は、強い想いと願いに応じて力が変化する。不安定な部分もあるが……それが“お前らしさ”でもある」
静かな声だった。でも、その言葉に甘えたくないって、思ってしまった。
『だからこそ……感情が揺れなくても使えるようにしたいんです。
それに、もしもの時のために──“治癒の力”を誰かに渡せるようになりたくて。』
「“渡す”……?」
先生が、初めて少し眉を上げた。
私は小さくうなずく。
『今までは直接手を当てるか、直接私から渡すだけだったけど……何か形にして、力を預けられるようにしたい。
だって、私が近くにいられないときも……みんなを守れるようにしたいんです。』
少しだけ、言葉を飲み込んだ。
“もし、あの時にそれができていたら”──
そんな過去の後悔を、ひとつ、胸に沈めた。
先生はしばらく何も言わなかった。
森の中で吹く風の音だけが、静かに流れていく。
やがて、彼は口を開いた。
「……やってみろ。ただし、体力の消耗と精神負荷には注意しろ。補助には入る」
『……ありがとうございます!』
小さく頭を下げると、先生はそっぽを向いたまま、
「……変に無理するな。お前は“本番”に強いんだからな」
と、ぼそっと付け足した。
その背中が、少しだけ優しく見えた気がして。
私は胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じた。
──さあ、今日からだ。
みんながそれぞれの課題と向き合うこの場所で、
私も、私にしかできない訓練を、始めていこう。
誰かの“ため”に。
それが、私の“願い”だから。