第12章 あの日の夜に、心が還る
──峰田実。
静かに息を吐き、彼はじっと湯気越しに仕切りの岩壁を見上げる。
濡れた小さな手が、岩肌の感触を確かめるようにそっと触れた。
「……今なら、いける……!声で分かった。今、あの天国みたいな会話が──すぐ向こうにッ……!」
ごくりと喉を鳴らし、拳を握る。
目は爛々と輝き、鼻の穴が広がっている。
「想花ちゃん……おまえの、その“隠された可能性”を……俺はこの目で確かめたいんだァァァァ!!」
ぐっ、と壁に足をかけ──
「──……降りろ」
「お前……何しようとしてんだ?」
突然、真横から声がかかった。
ばっ!と振り向くと、
片腕を岩の上に置いた轟が、すぅっと湯から立ち上がっていた。
そのすぐ後ろ、濡れた金髪をくしゃっとかいたままの爆豪も、
何かを察して静かに湯から出てくる。
「てめぇ……またそういうくだらねぇこと考えてんのか」
「──死にてぇのか、クソボール」
「ひいッ!?」
峰田の体が一瞬で硬直する。
「いや……!ちが……違くはないけど違うんだよォ……!!!」
「ただちょっと!!天使の羽ばたきっていうか!!俺のヒーロー活動っていうか!!」
「はぁ?」
「もうお前、黙ってろ」
轟が無言で壁にかけた峰田の手をぺしんと叩き落とす。
続けて爆豪が岩の近くに湯桶を構え──
「次動いたら、これ飛んでくからな」
「──頭に」
「やめてッッッ!!」
文字通り、裸一貫で詰められる峰田。
その様子に、後ろから切島が小声で「ほら〜……また怒られてる……」とつぶやき、
瀬呂も「……まぁ、俺もちょっと気になってたけどね?」とこっそり笑った。
結局、峰田は泣きながら湯船に戻され、
「未来を……見たかっただけなんだァァ……」と小声でぼやき続ける羽目に。
だが、その後ろ──
轟と爆豪は、ちら、とほんの一瞬だけ、視線を岩の向こうへ投げる。
柔らかな笑い声。
じゃれるような水音。
──そして、確かに聞こえた。想花の、優しくてあたたかい声。
「……」
「……」
ふたりの間に言葉はない。
だけどほんの一瞬だけ、空気がゆるやかに揺れた。
その夜、男子風呂は静かに終わりを迎えた。
──だが、男子たちの胸の中は。
ほんのすこしだけ、騒がしくなっていた。