第4章 優しさの証
『来るなら……来て』
私は尾白くんの肩から身を離し、一歩、前へと踏み出した。
背中にはロケット。周囲は白く凍りついた氷の世界。
その中心に立つ私を、轟くんの視線がじっと見据えていた。
(足元……まだ滑る。でも、動ける)
膝をわずかに曲げ、呼吸を整える。気配が変わった、その瞬間。
轟くんが床を蹴ると、彼の姿が一気に目の前に現れた。
『っ……!』
驚く間もなく、拳が私の顔を狙ってくる。けれど私は、体をひねって紙一重でかわし、そのまま旋回して背後を取る。
『よいしょっ……!』
後ろ蹴りを放つも、轟くんは静かに半歩退いてかわした。
『……やっぱりすごいね、轟くん』
「……個性も使えないのに、ここまで動けるのか」
その声には、わずかに揺れがあった。
私は攻めた。氷を蹴り、低く滑るタックル。彼は避けきれず腕で受けた。
『……っ!』
腕をとって間合いを詰め、肘、膝、拳。体格差なんて関係ない。私はスピードと重心で戦う。
拳が頬をかすめた。
(まだいける……!)
轟くんの反撃。足元に氷が広がる。私は流れに逆らわず、体ごと滑らせて、体勢を崩すフリ。
『……せいっ!』
振り向きざまに踵落とし。
けれどその勢いでバランスを崩し、大きく横に倒れる。
「――っ!」
転ぶ、その直前。
轟くんの顔が揺らいだ。初めて見る、明らかな動揺。
彼の手が、まっすぐ私へと伸びてきた。
だけど――間に合わなかった。
鈍い音と共に、柱の角に頭を打ちつけた。視界がにじみ、ぐらぐらと世界が揺れる。
『……っ、あ……』
全身が鉛みたいに重くなって、床がとても遠くに感じた。
薄れゆく意識の中で、彼の手がほんの数歩先にあったことに気づいた。
助けようとしてくれたのかもしれない。
でも、それがほんの数秒、間に合わなかった。
(……もしかして、轟くん……)
心がふわりと浮き、思考も輪郭をなくしていく。
全ての音が遠のいて――私は静かに、闇へと沈んでいった。