第12章 あの日の夜に、心が還る
『おーい、遅れるぞー! はやくはやく!』
上鳴くんの声がバス乗り場に響いて、
私は少し小走りでその声を追った。
大きな観光バスが、朝の光を受けてきらりと輝いてる。
クラスメイトたちは、遠足みたいにはしゃいでて──それだけでなんだか、こっちまで笑ってしまう。
「おっ、想花ちゃん! ちゃんと寝坊せずに来れたじゃん〜?」
『まさか。私、朝は強いもん。 遅刻常習犯のキミに言われたくないなあ』
「こ、今回はちゃんと起きたのに〜! ひどい!」
上鳴くんが大げさに崩れ落ちる横で、瀬呂くんがくすっと笑う。
切島くんは「寝坊してないだけえらい!」ってフォローしてるけど……
よく見ると、首元のシャツがちょっと裏返ってる。
『……切島くん、タグ出てる。』
「あっ、まじ!?うわー!やっべ、星野助かったー!」
そのやりとりの向こうでは、
勝己がしかめっ面で荷物をバスに放り込んでて、
緑谷くんは一生懸命バスの座席表とにらめっこしている。
にぎやかで、温かくて、
だけどどこか、心の奥に静かな波が立ってる気がした。
「おーおー、相変わらず元気だねぇ、A組さんよ!」
ひょいっと背後からひと声飛んできて、振り返れば──来た、B組。
「おやおや?そちらにいるのは“我らが想願の乙女”じゃないですか?今日もご光臨、ありがたき幸せ〜!」
『物間くん……朝から元気だね……』
「おう!合宿っつったらテンション上げていかねーとな!!」
鉄哲くんが声を張り上げる横で、拳藤ちゃんが「騒がない!」とすかさずツッコむ。
けれど彼女もどこか嬉しそうで──
A組とB組、こうして一緒に過ごす時間が増えることに、
私自身もちょっとわくわくしていた。
「ほら、こっちも荷物早く積めよー!」
「どっちが先に座るか勝負だー!」
もう、みんな騒がしいなぁ。
でもこの声に包まれていると、不安もほんの少しだけ、遠ざかってく気がする。
バスのドアが開いて、
先生たちの「時間だぞー!」の声が響く。
私は小さく息を吸い込んで、バスのステップを一歩ずつ踏み出した。
心の奥では、まだあの焦げた視線がちらりと残ってるけど──
今日という日は、きっときっと、誰かと過ごすためにある。
たとえば、それが忘れられない何かになるとしても。
行こう。林間合宿へ。
笑って、全力で、今を駆け抜けるために──
