第12章 あの日の夜に、心が還る
バスが止まったのは、山の中腹──まわりにあるのは木と空だけ。
舗装もされてないガタついた地面に、タイヤがきしむ音を立てながら止まった時、教室の誰かがぼそっとつぶやいた。
「え、ここ……?道の駅とかじゃなくて?」
『……なんか、想像してたのとちがうかも』
バスのドアが開くと、あたりの空気がいっきに変わった。
山の匂い。湿った土のにおいに、少し冷たい風。
でも、空気だけじゃなくて……なんとなく、胸の奥の方がざわつく。
「やっほ〜〜雄英のみんなぁ〜〜!!」
明るい声とともに、崖の上から姿を現したのは──猫耳のプロヒーロー、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツのひとり、マンダレイさんだった。
「この合宿を担当するのは!私たちワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」
「にゃーーっ!!」
その勢いに、思わず拍手が起きる。
けど……あれ?隣にいたもうひとりのヒーロー、ピクシーボブさんが、なんだかワクワクした目でこっちを見て──
「じゃあさっそくだけど、さっさと!山を!下ってもらいま〜〜す!!」
『……え?』
「えっ」
「えええっ!?!?」
一瞬時が止まったような空気の中、ピクシーボブさんが手を伸ばしたその先、地面がぐらりと揺れる。
「地面が……!?」
「うわっ、なにこれ──ッ!」
『きゃ──!?』
バランスを崩した瞬間、私は足元が抜けたような感覚に襲われた。
叫び声が飛び交い、木々のざわめきが耳を打つ。
──私たちは今、崖の下へ。
「この先にあるのが合宿所よ〜〜!!がんばってたどり着いてねぇ〜!!」
マンダレイさんの楽しそうな声が、どんどん遠ざかっていく。
落下というより、滑るように、ぐんぐん引きずり込まれていく大地のうねり。
土煙の向こう。どこかで雄叫びのような、何かの唸り声がした。
『……まさか、下にいるのって』
「マジュウ……!!?」
誰かがそう叫んだ直後だった。
私たちの“合宿”は、いきなり命がけのサバイバル訓練から始まったんだ。
──これは、雄英流の“お出迎え”。
油断も準備も、何もかも置いていかれる、最初の試練だった。