第12章 あの日の夜に、心が還る
荒く縫い合わせたような肌。
青白い火傷のような痕。
じっとこちらを見下ろす、深い青の瞳。
その目が、まっすぐに私を見据えていた。
『……誰……?』
「名乗るほどのもんでもないよ。
でも──“君の名前”なら、知ってる」
くっくっと喉の奥で笑う音がした。
まるで、どこかで私の全部を見透かしていたかのように。
「想花。通称“ウィルフォース”。」
『……!?』
(なんで、私の──)
「へえ……顔、思ってたより可愛いな。
ホークスも目、つけるわけだ」
『……っ』
その名前に、思わず肩が跳ねた。
「……やっぱり。ホークスのサイドキック候補って話、本当だったんだな。
でもなぁ……おまえさ。ヒーローって顔じゃない」
低く、楽しげに言いながら、彼は片手でポケットから何かを取り出して弄んでいた。
それが何かはわからなかった。ただ、不気味な熱が、皮膚にじりじりと伝ってくる。
「いいのか?俺なんかと、こんな距離で。
あんまり隙を見せると、拐われちまうぜ」
まるで脅しのような甘さ。
その言葉に私は、無意識に一歩後ろに下がった。
だけど、足が震える。
動かない。
『……あなた、何者?』
問いかける声が、思った以上に掠れていた。
「知りたい?」
にやり、とその唇が歪んだ。
「じゃあ、今度ちゃんと教えてやる。……また、会えたらな」
そう言って、彼は突然ふっと手を離した。
重力から解放された腕に、思わずよろめく。
「……気をつけろよ、ウィルフォース。
おまえを欲しがってるのは、ヒーロー側だけじゃない」
その言葉だけを残して、彼の姿は炎のように掻き消えた。
まるで最初から存在していなかったみたいに、影ひとつ残さず。
『……っ、なに、今の……』
心臓が、ひどく速く鳴ってる。
背中に汗が流れる。膝がかすかに震えてる。
さっきまでの喧騒が、遠い幻みたいに思えた。
──私の名前を、知ってた。
──ホークスのことも、知ってた。
──そして、“欲しい”って……誰が?
言葉にできない感情が、胸の奥に残ったまま、私はゆっくりとみんなの待つ場所へと歩き出した。
表情は、いつも通り。
でも、きっと──目だけが、ほんの少し強張っていた。
(……あれは、ただの……脅しか何か。そう、気のせい)
言い聞かせるように、私は小さく息を吐いた。