第12章 あの日の夜に、心が還る
街の喧騒が、少しだけ浮かれてる気がした。
夏の始まりの、晴れた午後。
林間合宿に向けての買い出しってことで、
クラスのみんなと繁華街へと繰り出した私たちは、
まるで遠足の前日みたいにワクワクしていた。
「見て〜〜!この水着どう!?可愛くない!?」
「おい、合宿で使わねーだろ、それ!」
「こっちは虫除け優先だろ〜〜!絶対山やばいって!」
あっちではお茶子ちゃんと三奈ちゃんが水着を物色し、
こっちでは耳郎ちゃんが真剣に寝袋コーナーで悩んでいる。
男の子たちも、なんやかんや盛り上がってて、
あちこちで小さな騒ぎが起きているような、そんな午後。
『ふふっ……ほんと、にぎやか』
私は一人、店の外のベンチで荷物番をしながら、
少し汗ばむ風に髪をなびかせて、のんびり空を仰いでいた。
『……ちょっと、トイレ行ってくるね』
グループの輪から少し離れて、私は店の外へと出た。
夏の午後。焼けたアスファルトの匂いと、遠くから聞こえる子どもの声。
何でもない、賑やかな休日の一コマ。
……のはずだったのに。
(……ん?)
ふと、視線の端に何かが映った。
それはほんの一瞬。誰かがこちらを見ていたような──そんな気がして、私は肩越しに振り返った。
でも、そこには誰もいなくて。
(……気のせい、かな)
そう思って歩き出した、そのときだった。
「……こんにちは、ヒーロー志望のお嬢さん」
背後から、静かに、けれど耳元に近い距離で声が落ちてきた。
ぞくり、と背筋を冷たいものが這う。
振り向こうとするより早く、手首を掴まれ、体が引かれるようにして路地へと連れ込まれた。
『──っ!?』
暗い。狭い。
さっきまでの陽射しが嘘のように感じるほど、空気が違う。
「声を出すと目立つ。……でも、別に止めないよ?」
皮肉めいた声音。
見上げると、そこにいたのは──今までに見たことのない、けれど“絶対に忘れられない”顔だった。