第11章 ドキドキ期末
『あっ、急がないと……』
チャイムが鳴って、私は鞄を手に席を立った。
教科書やノートをまとめながら、ふと横を見れば、物間くんはまだ「俺の中に眠る天才がようやく目を覚ましたな……」とか言ってて、拳藤ちゃんがその背中を小突いてる。
「目覚めてからが遅いのよ、あんたは」
『ふふ……』
ちょっと笑いながら席を離れようとした、そのとき。
「想花ちゃん」
すぐ隣から声がして、回原くんが小さなパックのゼリー飲料を手に持っていた。
「……これ、あげる。昼、ほとんど食べてなかったでしょ?」
『えっ……でも、そんな、悪いよ』
「いーよいーよ、予備。非常食ってやつ」
と、物間くんが口を挟んでくる。
「むしろ食べてくれたら俺が助かる。集中できなかったら、また俺の未来が危うくなるところだった!」
『……それ、私の責任なの?』
「それはもう全面的に!……いや、冗談だけどさ」
少し笑い合って、私はゼリーを受け取った。
手のひらに、ちょうど収まるくらいの小さな栄養補給。
だけど、そこにはちゃんと、気持ちが詰まってる。
『……ありがとう。ほんとに、ありがとう』
回原くんは照れくさそうに頷いて、すぐに後ろを向いた。
そして物間くんはまたしても何か言おうとして、拳藤ちゃんに引っ張られていった。
「帰るぞー!午後の授業も気合入れてこーぜ!」
「ま、俺の個性に比べたら、筆記なんて朝飯前だけどね」
「……その朝飯、想花ちゃんがまだ食べてないからな」
そんなやりとりを背中で聞きながら、私はゼリーのパックをそっと握った。
──あったかい。
すこしだけ、心があったかくなった。
教室までの廊下を歩く足取りが、ほんの少し軽くなったのは、たぶんそれだけじゃない。
人に頼られるのも、誰かに気づいてもらえるのも、
こんなふうに小さな“やさしさ”を受け取れるのも──
今の私だから、感じられるものかもしれない。