第11章 ドキドキ期末
『……じゃあ、ここの“個性戦争”って呼ばれてた時代の話だけど──』
「あぁ〜はいはい、それくらい知ってるし〜?」とか言ってたくせに、物間くんのノートはびっくりするほど真っ白で。
これは……なかなかの強敵かもしれない。
『あのね、ここは“個性”がまだ一般的じゃなかった頃で、“先駆者”って呼ばれてた時代なんだけど──』
「……えっ、それってつまり、個性が世間に受け入れられてなかった時期……!?」
『うん、よく気づいたね!』
つい褒めちゃうと、物間くんは「ふっ、俺の慧眼が冴えわたってるな……!」と満足げ。
──うん、でもまだノートは白いままだよ?
『……ねえ、書こう?』
「は、はい!」
真顔でペンを走らせるけど、なんか途中から似顔絵描いてる気がする……。
向かいの拳藤ちゃんが、こめかみを押さえてるのも無理ないよね。
「ごめんね想花ちゃん、うちのコレがほんと手がかかるっていうか……」
『ううん、大丈夫。こういうの、なんか楽しいし』
自然と笑ってた。なんでだろ。
B組の空気って、少し騒がしくて、でもちゃんとあったかくて。
物間くんの変なテンションすら、どこか憎めない。
横では鉄哲くんが一心不乱に問題集に取り組んでて、回原くんは小さくうなずきながら教科書にメモをとっている。
その間に私は、物間くんのページをめくって、ゆっくりと説明を続けた。
『だから、この時代の背景を理解できると、ここの選択肢の意図がわかるの。たとえば──』
自分でも驚くくらい自然に、言葉が出てくる。
物間くんが何度も「なるほど!」と叫んでは、何回も同じ質問をしてきて。
でもそのたびに、教えるたびに、何かが伝わっていくのがわかる。
──そういえば、こんなふうに誰かの“わかった”に立ち会えるって、ちょっと好きかもしれない。
やがてチャイムが鳴って、昼休みが終わったことを告げる。
『あっ……』
結局、私は自分のお弁当に手をつける間もなかった。
でも、お腹のかわりに、なんだか心は満ちてる気がした。
帰り際、拳藤ちゃんがそっと言った。
「ありがとね、想花ちゃん。……ほんと、あんたってヒーローっぽいな」
そんなふうに言われると、なんだか照れくさいけど。
でも、きっとこれも、私が“なりたい自分”に少しずつ近づいてる証拠なんだと思った。