第10章 翼の約束
窓の外に流れていく景色が、まるで夢の後のように、どこかぼやけて見えた。
遠ざかる福岡の街。
過ぎていった数日間の光景が、車窓に映っては、すぐに消えていく。
『……はあ』
思わず漏れた息は、少しだけ熱を帯びていた。
きっとまだ、昨日の火災現場の余熱と、あの夜の温度を背負ったままなんだ。
『……ほんと、夢みたいだったな』
ホークスの背中を追いかけた日々。
ツクヨミと肩を並べて戦った時間。
街の人にありがとうって言われた瞬間。
全部、ちゃんと心に焼き付いてる。
……そして、昨夜のあのひとときも。
──「……ずっと君を見てる」
誰にも聞かれたくないような、
誰よりも聞いていたかった言葉。
あの夜、眠りに落ちる寸前。
うつらうつらしながらも、私の耳にはちゃんと届いていた。
『……ずるいよね、ホークスって』
呟くように言いながら、私はカバンのポケットに手を伸ばす。
何か、指先が引っかかった。
『……ん?』
取り出してみると、それは四つ折りになったメモ紙だった。
一度も見たことのない、でもすぐにわかった。これは──彼のもの。
広げると、シンプルに綴られた文字があった。
【携帯番号:XXX-XXXX-XXXX】
その下に、たった一言。
【――また”あの場所”で】
『……』
思わず、指先で紙の端を撫でる。
“あの場所”――
それは、私たちだけの秘密の場所。
高台にある電波塔。翼がなきゃ辿り着けない、ふたりだけの空。
……また、会えるってこと?
会いたいって思ってくれてるって、こと?
少しだけ胸が苦しくなって、でも同時に、静かに温かくなった。
何度も諦めようとした想い。
届かないと思ってた距離。
全部、ほんの少しだけ……近づけた気がして。
『……また、飛ばなきゃだね』
自分に言い聞かせるように呟いた。
また“あの場所”に行くために。
自分の足で、ちゃんと飛べるようになるために。
次は、ただの憧れじゃなく。
ちゃんと“隣”に立てるように。
新幹線は、まっすぐ東京に向かって走り続けていた。
でも、心はもう、あの空に向かって飛び始めていた。