第10章 翼の約束
想花side
目が覚めたとき、カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいて、
部屋はもう、あの夜の匂いをほんの少しだけ残していた。
『……』
深呼吸ひとつ。
夢みたいだった。
でも、現実だった。
昨夜、寄り添ってくれたあの温もりも、
チェーンに触れた指も、
小さく落とされた、あの声も――全部。
起き上がると、机の上に置かれた紙コップが目に入った。
温かさは消えてるけど、紅茶の香りがまだ残ってた。
ふと、ベッドの横にあった羽根――
ホークスのじゃない。
私が“お守り”にした、あの羽根。
それがきゅっと胸元に戻っているのを確認して、
少しだけ、息を吐いた。
その時だった。
「お、起きてたか」
ドアの向こうから、聞き慣れた、軽い声。
でも、昨夜の“あの声”じゃない。
プロヒーロー、ホークスの声。
『うん……おはよう、ホークス』
「体調は? 無理そうなら今日の出動、調整するけど」
『……大丈夫。元気。いけるよ』
「そっか」
たったそれだけの会話。
でも、その壁が急に――分厚くなった気がした。
わかってた。
この距離感こそが、“今の私たち”。
守ってくれる彼の背中を、ただ見ているしかない。
それが、私に許された、たったひとつの特等席。
『……ホークス』
「ん?」
『ありがとう。昨日、助けてくれて』
一瞬だけ、返事が遅れた。
でもそのあと、ドアの向こうからふわっと笑うような声がした。
「礼は、いつかヒーローになったときに聞くよ。……ほら、準備しろ。遅れるぞ、ウィルホース」
──その呼び方に、胸が少しだけ温かくなる。
『了解』
ゆっくりと立ち上がった。
昨日とは違う、朝の光の中で。
もうすぐ終わってしまうこの時間を、大事に抱きしめながら。