第10章 翼の約束
ホークスside
静かな夜だった。
仕事の報告書をまとめ終え、非常階段から抜けた屋上の縁に腰を下ろす。
風が吹き抜けて、羽根が小さく揺れた。
ふと、視線が自然と高台の方へ向く。
……あの場所。思い出のすべてが詰まってる場所。
「……やばいな、俺」
ぽつりと漏れた声は、自分でも驚くほど乾いていた。
会った瞬間、思い出した。
まだ小さかったあの子が、泣いてばかりいた頃のこと。
何もできなかったけど、何度も、何度も、あの場所で会って──
泣きやんでくれるのが嬉しくて、ただそばにいた。
それだけだったのに。
「まさか……また、会えるなんてな」
夢みたいな再会だった。
それも、ヒーローを目指して、あの頃と同じような目で、立っていてくれて。
「想花……」
夜の風に紛れて、小さく名前を呼ぶ。
呼び慣れたはずのその名が、今は少しだけ、胸に響く。
現場ではプロとして振る舞う。
彼女が優秀だからこそ、線引きは曖昧にできなかった。
けど、心は──全然、追いついてない。
笑った顔も、悔しそうな顔も、真剣な眼差しも。
全部がまぶしくて、怖くなるくらい、近くに感じてしまう。
(……守りたい、なんて、ただの言い訳かもしれない)
どこかで願ってる。
“あの頃と同じように、またそばにいられたら”って。
けれどもう、彼女は泣いてなんかいない。
自分の足で立って、空を見ている。
「……おれ、たぶん、もう」
自分に嘘をつくのは、得意だった。
だけど今だけは、羽根の奥がひどく痛くて、
それすらも、言い訳にしてしまいそうだった。
夜の空は静かで、どこまでも高い。
その中に、彼女の姿が浮かぶ。
──俺の“ヒーローになりたかった理由”は、
あの時、もうすでに決まってたのかもしれない。