第10章 翼の約束
街の光は遠く、ここだけがぽつんと、世界から切り離されたみたいだった。
ふたりで並んで座った金網越しに、夜景が滲んで見える。
『……夢じゃないんだね』
ぽつりとこぼした私の声に、隣の彼は小さく笑った。
「そっちがいなくなってから、ここ、誰も来なかったよ。
……翼がないと、来れない場所だからな」
『……特別な場所』
「そう。ふたりだけの場所。あの頃も、今も」
ホークスはそう言って、そっと目を伏せる。
風が赤い羽根を揺らして、何かを語るようだった。
「想花。おれ、あの日のこと──ずっと、忘れてなかった」
『……私、最近まで忘れてた。でも……』
思い出した。
いつも泣いていた自分と、それに気づいて、そばにいてくれた男の子。
笑ってくれて、手を握ってくれた、
──あの、あたたかい羽根の感触。
「もう、“あの頃”のままじゃいられないのは、わかってるけどさ」
ゆっくり私の方を向きながら、ホークスが続けた。
「それでも、思うんだよ。……君が笑ってるの、ちゃんと守りたいって」
彼の声は、あくまで穏やかで、軽やかで。
でもその中にある“本音”が、まっすぐすぎて、苦しくなるくらいだった。
「俺は、もうプロヒーローで。君は生徒で、しかもインターン中で──
いろいろ線引き、しなきゃいけない立場だってことは、わかってる」
ふっと息を吐く。
「だから……こうして、ただ隣にいられる時間だけでも、嬉しい」
『………』
何か言おうとした。でも、胸が詰まって出てこなかった。
彼は優しい。ずるいくらいに、優しすぎる。
だから私は、ただそっと、手のひらを差し出した。
ホークスはすぐに察してくれて、彼の指が私の指に重なる。
手のひらの温度が、あの頃と同じだった。
羽根みたいに、ふわりとしたあたたかさで、心まで包んでくる。
「……ありがとな、想花」
その言葉と同時に、彼の顔が近づく。
私は、ほんの少しだけ顔を傾けて──
言葉にはせず、小さく頷いた。
そして、そっと目を閉じる。
風の音と羽根のざわめき、遠くの街の灯り。
全部がぼやけて、彼だけが輪郭を持って迫ってくる。
──静かに、くちづけが落ちた。
戻れない過去と、まだ見えない未来の、ちょうど真ん中で。
ふたりだけの、秘密の夜だった。