第10章 翼の約束
巡回ルートを歩き始めて、まだ三十分も経っていなかった。
「……なんだ?」
交差点の向こう、人の流れの中に不自然なざわつきが広がる。
常闇くんがすかさず視線を鋭くする。
『あれ、揉めてない……?』
ふたりで駆け寄ろうとした瞬間だった。
「──!ウィルフォース、下がれ!」
ホークスの声が飛んだかと思えば、
次の瞬間には赤い羽根が何本も、ビルの影を走り抜けていた。
『な──!?』
目を見張る私の前で、
叫び声と同時に、通行人の真上に何かが降ってくる。
鉄パイプ……!
それが落ちるよりも速く──
ふわりと、羽根がひとつ。
空気を切って飛来し、パイプを真横から弾き飛ばした。
その間、ほんの数秒。
まばたきする間もなかった。
赤い軌跡が弧を描き、空から降り立った彼は、
揉めていた男たちをあっという間に羽根で拘束する。
「っとと、ダメだって。そんなことで街を荒らしちゃあ」
軽口を叩きながらも、声は鋭かった。
止まった空気の中、誰もが言葉を失う。
通行人が、カメラを向けている。
子供が「ホークスだ!」と声を上げて手を振る。
そのすべてを、彼は軽やかに受け止めながら──
まるで、風のように現れ、風のように現場をおさめていく。
『……速すぎる……』
隣で、常闇くんがぽつりとつぶやいた。
『あれが……プロ……』
私の胸の奥も、ざわめいていた。
その姿に、圧倒されるのではなく──惹かれていた。
“あの日の彼”と、“いまの彼”が、重なる。
でも、全然違う。
彼はもう、誰かの背中を追う側じゃない。
人々に希望を示す、圧倒的な“最前線”だ。
「ウィルフォース、ツクヨミ。おつかれさん。よく動いた」
「……いえ。ほとんど、あなたが」
常闇くんが正直な感想を述べると、
ホークスは目を細め、いつもの笑顔で肩をすくめた。
「ま、最初はそんなもんさ。焦らなくていい」
その笑みは、まるで風に乗った羽根のように軽やかで、
だけど、どこかあたたかくて。
私はただ、胸の奥にそっと決意を灯した。
(──あの背中に、いつか追いつくために)