第10章 翼の約束
沈む夕陽が、ゆっくりと空の端を赤く染めていく。
『……』
少しだけ黙って、私は肩に落ちた羽根にそっと触れた。
その感触は、あの日と同じで――
ただ、あの頃の私は、それにすら気づけなかった。
『……ホークス』
「ん?」
『……どうして、あの時……毎日、あんな高いところまで来てくれてたの?』
言葉にすると、心の奥がひりっとした。
でも、ずっと聞けなかったままの問いだった。
「……」
ホークスは風を見つめたまま、ほんの少し笑う。
けれど、その目はふだんより、少しだけ遠かった。
「――さみしかったから、かな」
『……え?』
「俺もね、当時は……正直けっこう、ギリギリだったんだ。毎日訓練と任務で詰め詰めでさ」
『……』
「でも、ある日ふと飛んだ先で見つけたんだ。高台の電波塔に、ぽつんと座ってる君を」
赤い翼がそっと揺れる。
彼の声はあくまで軽やかに、でも静かに続いた。
「泣いてたのが、誰かに似てた。……たぶん、昔の自分に」
私の心が、ふっと揺れる。
「だから、理由なんてなかったんだよ。あそこに行くと……なんか、楽だった。ただそれだけ」
『……私、何も……してないのに』
「そう? じゃあ、俺も何もしてない。おあいこだろ?」
そう言って笑った彼の顔が、少しだけ寂しそうで、でも温かかった。
「……でも、今でも思ってるよ。あの高台で君を見つけてなかったら、俺、もっと違う人間になってたかもなって」
『……ホークス』
「今の俺があるのって、たぶん――君のおかげだよ。気づいてないだろうけど」
目の前のヒーローは、夕陽に照らされながら、
まるで風に願いを託すように、そう言った。
その横顔が、たまらなく綺麗だった。
『……そんなの、ずるいよ』
「ずるい?」
『……私のほうが、ずっと、救われてたのに』
彼はくすっと笑って、肩をすくめた。
「じゃあ……お互い様だな」
風がまた、やさしく吹き抜ける。
その音は、どこか懐かしいあの空の匂いがした。