第10章 翼の約束
風の音だけが、耳に残っていた。
誰にも見つからないこの場所が、私の“秘密基地”だった。
街を見下ろす高台の、使われていない古い電波塔のてっぺん。
手すりもない鉄の足場の上で、私はひとり、しゃがみ込んで泣いていた。
『……やだ……こんなの、いや……』
膝を抱えて、目を真っ赤にしながら、ひとりぼっちで泣いていた。
お父さんとお母さんを失った日からずっと――。
そのときの孤独と痛みだけは、今でも胸に焼きついている。
そのときだった。
――ふわり、と。
風を裂く音と一緒に、赤い何かが視界の端をかすめた。
『……え?』
見上げた空から、まるで夕焼けをまとったような翼が舞い降りる。
赤い、燃えるような翼だった。
どこか儚くて、それでいて強くて。
その翼を広げたまま降り立ったのは――見知らぬ男の子だった。
でも、ただの男の子じゃなかった。
あのまなざしだけは、ずっと覚えている。
「……ねえ、君」
その声は、私の泣き声よりも静かで、
風の音よりもあたたかかった。
「こんな高いとこで泣くの、危ないよ?」
『……え……?』
「いや、怒ってるわけじゃないよ」
「……俺もさ、よくここ来てたんだ。ひとりになりたくて」
赤い羽根が、私の足元に一枚落ちた。
それは不思議なくらいあたたかくて、やわらかくて、どこか……懐かしい。
「泣いてるときってさ、言葉なんかいらないだろ?」
「でも誰かが隣にいてくれるだけで、ちょっと……ましになる」
少年は私の隣に腰を下ろし、同じ景色を見上げた。
ただそれだけなのに、胸がじわっと熱くなって、私はまた泣いた。
今度は、少しちがう涙だった。
『……だれ……?』
そうたずねると、少年は少しだけ笑って、
「……じゃあ、“翼のお兄ちゃん”ってことで」
「きっとまた会えるよ。君が、ちゃんと笑えるようになったら」
そう言って立ち上がった彼の背に、夕焼けが差し込む。
その赤い翼が、大きく広がった瞬間――
私は、目を覚ました。