第9章 名前に込めた想い
雷鳴が窓の外に響いたあと、
しん……と、2人の間に静けさが落ちる。
でも、それは気まずさじゃなくて。
なにかが、もう言葉では抑えきれないくらいに、溢れてた。
焦凍の手が、そっと私の頬に触れる。
その温度に、私の心臓が跳ねた。
「……ありがとな、想花」
ぽつりと、彼が言う。
そしてそのまま、ふっと目を伏せながら、
「……ごめん。キスしても、いいか」
その言葉に、私の喉がきゅっとつまる。
でも私は、言葉じゃなく、ただ静かに──頷いた。
次の瞬間、焦凍の唇がそっと重なった。
優しくて、まっすぐで、
どこか祈るみたいなキスだった。
心に染み込んで、
やわらかな熱だけが、あとに残った。
『……ん…』
言葉が、出てこなかった。
でも焦凍も、何も言わず、ただ見つめ返してくれる。
──ほんの数秒だけ。
けれどそれは、胸がいっぱいになるような時間だった。
やがて、時計の針が午後の終わりを告げる音を立てて。
焦凍がゆっくりと視線を外し、カップを手に取る。
「……やべぇな。さすがに、帰らないと」
『……うん。エンデヴァー、怖そうだもんね』
苦笑まじりに返すと、焦凍も小さく笑った。
そして立ち上がって玄関に向かうけれど、
その途中で、ふと振り返った。
「……また、来てもいいか?」
その問いに、私は迷いなく頷いた。
『……もちろん。待ってるから』
彼の目元が、すこしだけやわらぐ。
「……ありがと。またな」
そう言って、玄関のドアを開ける。
雨はまだ、少し強かったけど。
扉の向こうに消えていく彼の背中を見送りながら、
私はそっと胸に手を当てた。
忘れられない夜になった。
だけどきっとこれは、
まだ、始まりなんだ。
──あのキスも、
あのぬくもりも、
全部、私の中にちゃんと残ってる。
明日から、ヒーローとしての一歩が始まる。
でも今だけは、
まだ少しだけ、焦凍のことを思っていた。