第9章 名前に込めた想い
放課後の昇降口は、いつもより少しだけ穏やかだった。
早く帰った子たちの足音が、まだ残る日差しの中に消えていく。
私はひとり、靴を履き替えて外に出ようとしたその時――
「星野」
声に振り返ると、そこには轟くんがいた。
『……轟くん?』
「帰り、……一緒に帰ってもいいか?」
その一言に、少しだけ驚いたけど、私は頷いた。
『うん、もちろん』
それだけで、彼の表情がほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
───
2人並んで歩く道は、穏やかな風が吹いていた。
特に会話が続くわけじゃない。
でも、それが心地いいのが不思議だった。
『……明日からいよいよ、職場体験だね』
「……ホークスのところ、だよな」
『うん。いろいろ迷ったけど、やっぱり……あの人に、ちゃんと向き合ってみたくて』
「……そっか」
それっきり、また静かになった。
だけど彼の歩幅が、私に合わせるようにゆっくりだったのが印象的だった。
───
家の前に着いた頃、ふと彼が立ち止まる。
「星野。……もう少しだけ、話したい」
『え? ……う、うん、いいよ』
自然と、玄関の鍵を開ける手に力が入る。
なんだろう。何か大切な話の気がして、胸が高鳴る。
靴を脱いで、いつかの懐かしい光景が広がった。
『あ、適当に座ってて。お茶入れるね』
「……ありがとう」
彼は、私の部屋の片隅にそっと腰を下ろす。
静かに流れる時間の中、私は湯を沸かしながらそっと彼を見つめた。
少し背中が緊張してる気がした。
でもそれは、何かを伝えようとする真剣な気配だった。
(……轟くん、今日はなんの話をしにきたんだろう)
次の言葉を待つ時間すら、なんだか特別に思えた。