第9章 名前に込めた想い
朝の空気は、少しひんやりとしていた。
もうすぐ夏が来るはずなのに、今日はどこか静かで落ち着かない。
制服の袖をそっと引き直しながら、私は教室の扉をくぐる。
『……おはよう』
ふつうの朝。ふつうのはず、だった。
席について教科書を出そうとした瞬間、
カラリと開いたドアから、相澤先生が無言で入ってくる。
「星野。……職員室に来い」
『……えっ?』
思わず顔を上げた私に、先生はちらりと視線を向けただけで、そのまま踵を返す。
教室が、一瞬ざわめいた。
「え、なになに!?」
「怒られてんの!?」
「いや、むしろ進路?インターン先の相談とか?」
三奈ちゃんや上鳴くんの声があちこちから飛んできて、私は戸惑ったまま立ち上がる。
『わ、私、なんかやっちゃった……?』
教室の後ろを横切るとき、ふいに勝己と目が合った。
彼は何も言わないまま、少しだけ眉を寄せて、ぽつりとひとこと。
「……行ってこい」
それだけの言葉に、不思議と背中を押されたような気がして。
『うん、行ってきます』
軽く頷いて、私は教室を後にした。
長い廊下を歩く音だけが響く。
職員室の前で立ち止まり、深呼吸をひとつ。
そして、ノック。
中から返ってきた返事にドアを開けると、
そこには相澤先生と数人の先生たち、
そして机にずらりと並ぶ、見慣れない書類の束。
「……星野。インターンの件で話がある。入れ」
『……インターン……』
体育祭での指名。
あのとき聞いた、自分でも信じられないくらいの数。
あれが、今、現実になろうとしている。
静かに深まっていく空気の中、
私の視線は、目の前に並べられた“ヒーロー事務所”の文字に吸い寄せられていた。
胸の奥が、少しだけ、熱くなる。
これは、きっと――
“ヒーローとしての一歩”を、踏み出すときだ。