第9章 名前に込めた想い
「……え、ちょっと今の見た?」
「なになに、誰?あの人──」
昼食を終えてのんびりおしゃべりしていたそのとき。
学食の入口に現れた、長身で落ち着いた雰囲気の男子生徒が、B組と話している想花の方へまっすぐ歩いていく。
「想花ちゃん、ちょっといい?」
まるで風が止まったみたいに、一瞬だけ空気が凍る。
「……え? いま、呼ばれた?」
「……お、おいおいおいおい!!!」
上鳴が目を剥きながら、空になったトレイを机に置いた。
「今の先輩じゃね!?明らかに年上オーラあったぞ!?」
「えっ、ってことは……もしかして……」
芦戸が目をまん丸にして、すぐさま耳郎に視線を投げる。
「……いやこれ、告白じゃない?」
「でしょ!? それしかないでしょあの流れ!!」
『行ってくるね〜』と小さく笑ってB組の席を立った想花の背中を、全員が目で追う。
「っていうかさ、アイツ、全然そんな空気感じてなかったよな?」
「気づいてないのが逆に罪深いってやつ〜〜!」
そして隣の席──爆豪の手元では、唐揚げが一つ、箸の間でふるえていた。
「……チッ」
「出た、舌打ち」
「うわ〜爆豪、顔こわ……」
「はいはい、やきもちで〜す」
切島が肩をすくめ、上鳴が爆笑しながら背中をバンバン叩く。
「うっせぇ!!てめぇら全員黙れ!!」
「……あいつ、また人気上がったか?……」
ぽつりと呟いたのは轟だった。
いつも通りの落ち着いた声。けれどその視線は、想花が去っていった方角をまっすぐ追いかけていた。
「……やっぱ、惹かれるよな……」
「……はい!?!?」
芦戸と耳郎が同時に振り向いて、轟を凝視する。
「なにが?」
「全部」
「……それ、完全に惚れてんじゃん……」
「今更かよ!」
切島がつっこみ、爆豪は無言で味噌汁をすする。
──想花がいない昼下がりの食堂。
残されたA組のテーブルでは、今日も平和な騒がしさが転がっていた。