第8章 優しい休日
「そろそろ行こーぜー!」
上鳴くんが伸びをしながら、部屋のライトをぱちぱち点滅させた。
「うわっ、まぶしっ!」って誰かが文句を言う声が聞こえる中、
私はひとり、カップを重ねて、荷物の整理に追われていた。
『よし……忘れ物はなし!』
「おい、想花」
低く響いた声に、振り返る。
扉のそばには、爆豪くんが立っていた。
「送る。……来いよ」
その言葉に、部屋の空気がぴたりと止まった。
ほんの一拍の静寂のあと、誰かが小さく「えっ……」と呟いて、
次の瞬間――
「うっわ~~!!でたでたァ!爆豪くんの自然な男前ムーブ!!!」
「えっ!?なに!?ラブラブってこと!?!?!?」
口々に叫ぶのはもちろん、上鳴くんと三奈ちゃん。
瀬呂くんまでニヤけながら「はいはい、お幸せに〜」なんて手を振ってる。
『も、もう!そんなんじゃないから!?』
慌てて否定しても、完全に盛り上がってしまったテンションは止まらない。
「へぇ〜?じゃあなんで“送る”の、爆豪くん〜?」
三奈ちゃんが、わざとらしくウィンクしてくる。
「……黙れや、クソピンク」
「ちょっと!?今ロマンチックな空気作ってあげてんのに!!」
いつもの調子で悪態をつきながら、
でも、爆豪くんはしっかり私のバッグを片手に持ってくれていた。
……頬がちょっとだけ赤いのは、たぶん――気のせいじゃない。
『…じゃ、じゃあ私、お先に!お疲れ様っ!』
「……っていうか今、爆豪さ……」
「想花って、呼び捨てにしたよね!?!?」
「うっわ〜!!そういうとこだよね!?はいはいはい!確定演出いただきましたァ!!」
「キャ〜〜!!!やっぱもうそーいう関係!?!?」
「っざけんな!!てめぇらほんと全員ぶっ飛ばすぞ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴る爆豪。
でも、その手にはまだ、ちゃんと私のバッグ。
『も、もう早く行こ!!爆豪くん!』
「……チッ。とっとと行くぞ」
笑いと茶化しに背中を押されながら、
私は彼の隣に並んで、扉を開ける。
パタンと閉まるドアの向こうで、
まだ誰かが「名前呼びぃ〜♡」と騒いでる声が聞こえた。
でも、静まり返った廊下と、隣を歩く彼の横顔を見た瞬間、
その全部が遠くなる。
少しだけゆっくりな歩幅。
なにげなく合わせてくれてるのがわかって、
胸の奥が、ぽうっとあたたかくなった。