第8章 優しい休日
カラカラ……と、氷がグラスに落ちる音が静かに響く。
ドリンクバーの前。
私は、まさかの流れで爆豪くんと二人、部屋を追い出されていた。
『……まさか、同じ店に来てたとはね』
「クソ髪がうるせぇんだよ。“打ち上げだし顔出せ!”ってな」
そう言いながら、爆豪くんは炭酸のレバーを押して、無言でグラスを満たしていく。
私はその隣で、オレンジジュースをゆっくり注ぎながら、なんとなく彼の横顔を盗み見た。
いつもより、少しだけ柔らかい顔。
──なんだか、少し不思議な空気。
「……なぁ」
不意に、低い声が落ちた。
「体育祭の、アレ……」
『え?』
「……あの“宣誓”のやつ。俺が一位になったら、付き合えってやつ」
注いでいた手がぴたりと止まる。
彼は前を見たまま、視線を逸らさずに続けた。
「……忘れろ。あれ、なしだ」
『……なんで?』
声をかけると、彼は少しだけ眉を寄せた。
「……あの一位、俺は納得してねぇ。
轟……あいつ、最後まで本気じゃなかった。途中で手ェ抜いた。
そんな勝ち方で、てめぇに付き合えなんて言えるわけねぇだろ」
言葉の奥に、じんと滲む悔しさ。
ちゃんとまっすぐな、爆豪くんらしい真面目さ。
私はその横顔を見つめながら、ぽつりと呟いた。
『……でも、それって爆豪くんの“らしさ”だよね』
「は?」
『勝負には本気で向き合う。
中途半端じゃダメって思ってるとこ……好きだよ、そういうとこ』
「っ……!」
固まった爆豪の頬が、見る見るうちに赤く染まっていく。
「うっせ……調子乗んなバカ」
そっぽを向いて、彼はグラスを持ったまま早足で歩き出した。
『あはは、ごめんごめん!待ってよ、爆豪くん!』
***
部屋に戻ると、予想通りの嵐が待っていた。
「おっかえり〜〜♡♡」
「お? おお? 空気変わったんじゃない〜??」
「爆豪が顔真っ赤〜〜〜!!!はいはいはい、なに話してきたのかな〜〜!?」
「……っざけんな!!てめぇら、ぶっ飛ばすぞ!!」
照れ隠しの怒鳴り声が響いて、
それにクラスの笑い声が重なる。
その騒がしさが、心の奥にじんわり広がっていった。
……やっぱり、こういう空気が、私は好きだなって思った。
隣でそっと目を逸らした爆豪くんの横顔には、まだほんのりと、熱が残っていた。